虚弱系男子 | ナノ


▽ 過呼吸


ツッキーこと月島蛍が何かを隠していることは、数日間ずっと一緒に居る俺にはすぐにわかった。山口くんと仲が良いことは誰が見てもわかるし、烏野のマネージャーである名無しさんちゃんがツッキーの彼女だってことも、2人の様子からすぐにわかることだったが。それ以外に何か大切なことを隠してる気がするのは、俺の気のせいだろうか。

「ツッキー、飯減ってねぇじゃん。」
「馬鹿みたいにバクバク食べるタイプじゃないんで。」
「無理して食えとは言わねーけど、ちゃんと食べろよ。」
「はいはい。」

相変わらずの塩対応に苦笑いが零れたが、どうやら体調不良というわけではないらしい。まぁ、顔色も悪くないし、これといって変わった様子もないし。やっぱり気のせいか、なんて自己解決して練習へ。
そんな自分の行動に後悔したのは、それから数時間後の午後練習の時だった。

「っ、はぁ、はぁはぁっ、はぁっ、」
「……ツッキーどうした?」

休憩!という声が響き、全員がマネージャーからドリンクを受け取ったり、選手同士で和気あいあいと喋っている中、一人壁際でしゃがみ込む彼に俺は声を掛ける。そうすればいつものように「そこら辺の体力バカ達と一緒にしないでください」なんて辛口を叩くと思ったのに、まるでこちらを見る素振りもない。それどころか、乱れた呼吸は収まることを知らず、寧ろ浅くなっているように思えて。

「過呼吸か?」

ふと頭に浮かんだ単語を声に出してみれば、ツッキーはこくりと頷いた。が、それから俺はどうすれば良いんだろう。タオルを口に当て、しゃがんでるのもやっとの状態で荒い呼吸を繰り返すツッキーに、何をしてあげればいいのかわからない。
「と、とりあえず誰か呼んでくるわ!」なんてどもりながらに伝えると、不意にジャージを引っ張られて。「やま、ぐち」その小さな声に「わかった」と答えて、目当ての人物のもとへと走った。


「ツッキー、大丈夫だよ。」
「はぁっ、はぁ、はぁはぁ、っ、はぁ」
「そう、ゆっくり。吸って、吐いて、吸って、吐いて、」
「はっ、はっ、はぁっ、はぁっ、っ、はぁっ」
「吸って、吐いて、」

それから少しして落ち着いたらしいツッキーは、幼馴染くんに「ありがと、」と小さな声で零す。まさかツッキーにそんな一面があるなんて知らなかったし、失礼だけどツッキーの口から「ありがとう」なんて言葉が出ると思ってなかった。ホント失礼だけど。まぁそんな人に彼女なんかできるわけないよな。なんて心の中で冷静に分析をしていると、ふとあることに気付いた。
で、その名無しさんちゃんは?


もう落ち着いてるツッキーのことは幼馴染くんにすべて任せ、俺は烏野のマネージャーに聞いて名無しさんちゃんのもとへ向かった。水道じゃないかな、そう言われた通り、名無しさんちゃんは今まさに回収したばかりのボトルを洗ってドリンクを作り足しているところで。「ちょっといい?」声を掛ければ、名無しさんちゃんはあからさまにびくりと肩を震わせた。

「あー、ちょっとツッキーのことで。」
「何ですか?」

ツッキーという言葉に反応したのか、しっかりと俺に向き直る名無しさんちゃん。彼女がツッキーのことをどれほど好きかなんて、言葉にする必要もないくらいだ。だからこそ、俺は名無しさんちゃんに伝えてやりたい。悪く言えばただのお節介。

「さっき過呼吸で倒れてさ、」
「えっ、」
「彼女なんだろ?ちょっと行ってやって。」
「ありがとうございます!」

言うが早いか仕事を放り出してまでツッキーのもとに走っていく姿に、自然と口角が上がった。そんな名無しさんちゃんの後をついていけば、彼女を見つけたツッキーは後ろの俺を一睨みして。「ごめんね」のポーズで軽く謝れば、俺の出番は終了。俺は二人の行く末をそっと見守ることに徹しよう。

「蛍のバカ!」

先に口を開いたのは名無しさんちゃんだった。唐突に罵声を浴びせたかと思えば、座ってるツッキーの前にしゃがみ込んで。「バカ」先程より弱々しく言う名無しさんちゃんが泣いていることは、顔が見えていない俺からでもわかった。

「ごめん、」
「やだ、」

ツッキーってこんな表情するんだ、なんて今日何度目の驚きだろう。いつもの強気発言はどこへやら、彼女の前でほんの少し困った表情で。自分がとてつもなく邪魔なことをしてるのはわかってるが、この興味に勝るものはない。
一度俺を見てから小さく溜息を吐いたツッキーは、観念したように名無しさんちゃんを優しく抱きしめて。それから「ごめん、」と。

「もっと頼ってよ。」
「どっちにしろ泣くでしょ。」
「でも隠されるようなのは嫌。」
「今度からは隠さないから。」
「うん、わかった。」

「約束ね」という名無しさんちゃんの言葉に「はいはい」なんて適当に相槌を打つツッキー。だけど、その手は確かに彼女の頭を優しく撫でていて。本格的に邪魔になりそうな俺は、そっとその場を後にした。



(151129)


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