虚弱系男子 | ナノ


▽ 貧血


赤葦京治は、過去に何度か貧血で倒れたことがあった。そういう時、決まって彼はこういうのだ。「自分の管理くらい自分でするから大丈夫。」と。それで大丈夫なことが一度でもあっただろうか。だからあたしはこの合宿が始まる前に一言先手を打つことにした。「今回の合宿でも無理して倒れるなら、あたしもう京治とは一緒に居られない。」遠回しに別れるよ、という脅し。この際それでもいい、少しは周りに頼るということを覚えてくれれば。
それが逆効果だったかもしれないと思ったのは、今日の朝食時のことだった。昨日までの様子とは打って変わって口数が減り、見るからにあまり食べていない。

「京治、調子悪い?」
「特に、何も変わらないけど。」
「そっか。」

バレー部には我が校にも他行にも頭のキレる人はたくさんいるけれど、その人たちに体調不良がばれない様にそっとご飯を残す京治も賢い方なんだと思う。が、最早マネージャー業を放置して京治監視役に徹底してるあたしに隠し事をしようなんて、トイレとお風呂くらいでしか許されないんだから。

「京治、なんかふらふらしてない?」
「気のせいじゃない?」
「そっか。」

練習中にふらふらしていたように思えたから聞いてみても、そんなあっさりした返事しか返って来ず。あまり詮索していると周りに不安が広がり練習の妨げになってしまうため、これ以上は口をつぐむ。そんなあたしに念を押すように「大丈夫だから」と付け加える京治は、一体どこまで強がるつもりなんだろう。まだ大丈夫かもしれないが、今までの様子を見ていると、これ以上続けたらまた倒れてしまうかもしれないのに。

「やっぱり待って、」

気付いたら、あたしは京治の腕を引っ張っていた。それだけでもふらついてしまうらしく、彼が奥歯を噛みしめて必死で平衡感覚を保っているのがわかる。少しの間をおいて「なに、」と言葉を発するけれど、そんな青白い顔して「なに」はおかしい。何とか言って休憩するように説得しなければならない。
そんなことを考えていると、不意に京治があたしの服を掴んでずるずると床に座り込む。

「ちょっ、やば、い、かも……」
「京治、大丈夫?部屋戻って休もう?」
「わ、かっ……」

言いきらないうちに彼の体の力が抜けたのがわかり、あたしはすぐに監督を呼んで京治を部屋で休ませるように伝えた。主将の木兎さんが「赤葦!」「赤葦!?」とひたすらうるさかったことは、後で京治にちくって説教してもらいたい、切実に。

目を覚ました京治は眉間に皺を寄せ、寝返りを打つのでさえも億劫なようだった。これでも朝の分の薬は飲んだらしく、後は大人しく横になってるくらいしかできない。それを自分でもわかっているのか、観念したように深い溜息を吐いた。が、それから数分も経たないうちに、京治は怠さとは違う理由で顔を歪める。

「名無しさん……、」
「何、どこか辛い!?」
「……けほっ、こほっ、吐、く……うぐっ、ごぽ、」
「ちょ、ちょっと待って!」

吐く、そう言った京治はすぐにうずくまって両手で口を押え、溢れ出るものをこらえようと浅い呼吸を繰り返す。けれど既に出てきているそれを止める術はなく。あたしが咄嗟に広げた袋を確認するが早いか、びちゃびちゃと吐瀉物を落とした。

「うぐっ、おぇっ、はぁはぁ、……げぽっ、おぇ、」
「大丈夫だよ、気持ち悪いの全部出そう?」

顔は青ざめ、冷や汗をかき、苦しいのは見るからにわかる。涙を流しながら何度もえづく京治の背中をさすれば、心なしか震えていて。冷え切った京治の手に、そっと自分の手を重ねた。

「げぇっ、はぁ、げっ、げぼ、げほっげほっげぇっ、っえ、」

しばらくすると胃の中が空になったのか、胃液と思われる液体が口から流れて。そういえば今朝もそんなに食べていなかったし、昨日の夜も最低限しか食べなかったんだと思う。そういうことをもっと知りたいのに。もっとあたしを頼ってほしいのに。
しばらく吐いてスポドリで口をすすぐと、疲労に耐えきれずに京治は布団に倒れ込んだ。あたしは袋をさっさと片付けて、代わりに濡れタオルなどを持って部屋に戻れば、今度は嗚咽が聞こえて思わず笑って溜息を吐いた。

「何で泣いてるの、京治。」
「だっ、て、名無しさんっ、別れ、る、って、」
「木兎さんじゃないんだから、そんなにめそめそしないでよ。」
「でも、」

傍に座ったあたしの手を探して優しく握った京治の手が震えてるのは、きっとさっきとは違う理由なんだと思う。「怒ってない?」と涙でぐちゃぐちゃの顔であたしを見る京治は、きっとあたししか見たことのない京治で。普段はあんなにしっかりしてるのになぁ、なんて考えると笑ってしまいそうになる。

「怒ってないよ。」
「好、きっ……別、れ、たくなっ、い、」
「あたしも好きだよ、京治」
「ほん、っと?」
「うん。ほんと。」

言えば、嬉しそうに顔を綻ばせた京治の頭を優しく撫でる。すると安心したのか、うとうとしだす京治に「あ、」と声を出すと、京治は目を開けてキョトン、と。それから「次は無いけどね。」とにこりと笑えば、引っ込みかけていた涙がまたじわじわと溢れてきて。ぶんぶんと千切れそうなほど首を左右に振ってたから、あたしに誤魔化そうとした罰としてしばらくこのネタで弄ってやろうと思ってる。


(151110)


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