虚弱系男子 | ナノ


▽ 過呼吸


あたしの彼、月島蛍はストレスを溜め込みやすい。それは幼い頃からずっと一緒に居たあたしが一番よく知っていた。運動会の前、発表会の前、そういう疲労とストレスが溜まりやすい場面で、蛍が過呼吸を起こしてしまうのはよくあることで。それでもバレーを初めて精神的に強くなったのか回数はどんどん減っていき、高校に入ってから彼のそんな様子は見ていなかった。のだけれど。

「ツッキー、今日も練習しようぜ!」
「はぁ、別に良いですけど。」
「もっと元気出せよなー!」
「……うるさい、」

清水先輩に誘われてマネージャーになったあたしは、勿論、梟谷グループの合宿にも一緒に参加させてもらってる。メンバーの健康管理は勿論、オーバーワークをしていないかなどもしっかり管理しなければならない。その中でもやっぱり大切な彼の様子は気になるし、誰よりも彼を気に掛けてしまう。
だからこそ。第3体育館で音駒と梟谷に捕まってから、彼が殆ど動きっぱなしであることが気掛かりで仕方がないのだ。普通の人からすれば居残り練習なんてよくあることなのかもしれないが、彼には彼の事情がある。しかもその事情を知るのはあたしと忠だけだから、一刻も早く止めてあげなきゃいけないのに。

「蛍、その、あんまり無理しないで、」
「……あぁ、黒尾さん達と練習してるの知ってたんだ。」
「うん。」
「大丈夫、自己管理くらいできるし。」

じゃあもうそろそろ寝るから、おやすみ。そう言って部屋に戻っていく蛍に、あたしは「おやすみ」としか言えなかった。少し無理をしすぎてしまうのもわかってるし、きっと辛くなっても言ってはくれない。だからあたしが止めるべきなのに、頑張りたいという彼の気持ちを否定することもできなくて。小さく溜息を吐いて、あたしも部屋に戻った。

次の日も、彼はみんなと練習をこなしていた。その姿に少しだけ疲れが見えるものの、きっとまた「大丈夫」だなんて言葉で誤魔化されるのかと思うと、声を掛けることも躊躇われる。本当は、あたしをもっと頼ってほしいのに。

「月島ナイッサー!」
「ツッキーナイス!」

休憩に向けてドリンクを作るべく、みんなの練習に背を向けて歩きながら、耳だけは体育館の声を鮮明に拾っていた。カッコいいサーブだったのかな、見ておけばよかった。なんて思うけれど仕事は仕事。休憩時間を無駄にしないように、あたしも精一杯みんなにできることをしてあげたい。「よし!」と意気込んで、あたしは水道へと歩みを進める。
……つもりだったのだけど、不意に背後から聞こえた叫び声はあたしの足を引っ張るように歩みを止めさせた。

「月島!」
「おい、月島、しっかりしろ!」
「ツッキー!」

急速に膨れ上がる不安を隠す術もなく、人だかりができているのを掻き分けて彼のもとへ向かう。その中心にいたのは、良くも悪くも予想通りの状態になった彼で。「名無しさん、ツッキーが!」なんて言う忠に頷くだけの返事をして、あたしは彼の傍に座った。苦しそうに胸のあたりの服を掴んでうずくまる彼は、今まで何度も見たことがある。過呼吸を起こしていた。

「ひゅっ、はぁ、はぁ……はぁ、はっ、はぁ、ひゅ、」
「蛍、落ち着いて。ゆっくり呼吸してみて。」
「はぁっ、はっ、けほこほっ、ひゅっ、はぁっ」
「名無しさん、タオル持ってきた!」
「忠、ありがと。蛍、タオルあてるよ。靴も脱がすからね。」

あたし同様、今まで過呼吸を見てきた忠は、あたしにタオルを手渡すと蛍の靴を脱がし。音駒の部長である黒尾さんは、周りに声を掛けて人だかりを散らせてくれた。それから、どこからともなく持ってきた毛布を蛍に掛け「こういうのあった方が安心するだろ?」なんて優しく笑う。ここの人たちはみんな優しい。

「はぁっ、はっ、けほっ、ひゅ、……けほっ、はぁっ、はぁっ、」
「ゆっくり息するよ。吸ってー、吐いてー。うん、出来てる。」
「けほっ、はぁっ、はぁっ、はっ、はぁっ、」

生理的な涙を流す彼の背中を呼吸に合わせてゆっくりとさする。邪魔になるであろう眼鏡も外し、カタカタと小さく震える彼に「大丈夫だよ」と声を掛ければ、もぞもぞと布団から現れた手はあたしの服をしっかりと握った。

「ちゃんとここにいるよ。」
「はぁっ……はぁはぁ、はぁっ、けほっ、……はぁ、はぁ、」
「落ち着いてきたね。ゆっくり吸ってー、吐いてー。」
「はぁ、はぁ、……はぁ、けほっ」

それから少しして次第に呼吸が整ってくると、彼は布団に顔を埋めて「ごめん」と一言呟いた。それがあたしに向けられていることは、考えるまでもなくわかる。さっきまであたしの服を掴んでいた彼の手は、いつの間にかあたしの手を握っていて。その手に彼はほんの少し力を込めた。

「無理しないでねって言ったはずなんだけど?」
「ごめ、……今度か、ら、気、つける。」
「次、あたしに黙って無理したら許さないんだからね。」

言えばこくりと小さく頷いた彼は、疲労による睡魔に負けたらしく寝息をたて始めた。それから澤村部長に部屋まで運んでもらったが、いつまでも離れる様子のない蛍の手に、澤村部長もあたしも苦笑いを零す。「名無しさんも疲れただろ、こっちで月島のこと見ててくれ」なんて、どこまでも優しい周りに感謝しながら、あたしもそっと蛍の隣で目を閉じた。


(151108)


prev / next

[ back to top ]