たがため | ナノ


  6.


本当は、こっそり見に来るつもりだった。誰にも気づかれないようにこっそり見て、様子だけを知れればいいと思っていたから。でも、あたしの中の何かがそれを否定して。あたしを見て欲しい、なんて、あたしから離れて行ったくせに最低なのはわかってる。けれど、少しでも良いから徹の傍に行きたいという欲望に負けてしまった。

「名無しさん、俺、頑張るから。」
「うん。」
「ちゃんと見ててね。」
「わかった。」

いつものように岩ちゃんにボールを投げられる徹を見て笑いながら会話を交わし、徹が練習の合図をすると同時にあたしも2階の観覧席に移動した。空いているところから顔を覗かせれば、すぐに気付いた徹は、あたしにニコリと微笑む。まるで、別れ話なんて無かったかのように接してくれる徹の優しさに、思わず涙が滲んだ。

気付けば、周りに居たはずの大勢の女の子達は少なく、閑散としていて。窓から見える外の様子も、真っ暗という言葉が適切なほどに暗くなっていた。それほどまで真剣に見ていたらしい。
それもそのはず。何度見ても見飽きない程に及川徹という男はカッコ良くて。運動神経の良さもあるけれど、チームメイトから絶対的信頼を得ている。それに、ファンの女の子に手を振り返しては「浮気じゃないからね」と言わんばかりの顔でこちらを見やる。一途なところも、全く変わってない。
けれど、それはあたしも同じだった。バレー部には何人もの部員がいる。その中には岩ちゃんを含めて沢山の友達もいるし、徹を通じて知り合った後輩たちもいる。それでもあたしの視線は必ず彼を捉えて離さない。

あぁ、あたしはやっぱり徹が大好きだ。

(20150831)


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