たがため | ナノ


  7.


部活に熱中すると、気付けば練習終了の時間になっている、なんてことも少なくない。今日はいつもと少し違う熱中だったけど。まるで別れ話なんて無かったかのような幸せな数時間も終わり、明日からはきっとまた一人。そう考えると寂しさが募る。
ある程度の片付けを終えれば、部員も殆どが帰宅していって。流石に名無しさんももう帰っただろうと考えながら、俺はいつもと同じように自主練に切り替えた。サーブでも打ってスッキリしよう。深呼吸をし、狙いを一点に定め、自分の打ちやすい位置にボールをふわりと上げ、それから。

「ねぇ、」

打たれるはずだったボールはストンと床に落ち、走り出すはずだった俺はそろりと振り向いた。控えめにジャージのの裾を掴んで俯くこの子を抱き寄せる権利が、俺にはあるのだろうか。そう少し迷って、一先ず「どうしたの?」と。そうすれば、彼女、名無しさんは一度俺を見上げて、それからまた俯いて。

「徹は、あたしがいなくても平気?」

さっきまでのうるさい空間とは裏腹に、静かな体育館に2人だけの呼吸。それだけのことなのに、久しぶりの感覚で胸がドキドキと激しく脈を打つ。平気じゃないよ、たくさん泣いたよ、全部名無しさんのせいだよ。けれど名無しさんの質問の意図がわからず、口に出せないでいれば、今度は俺を見上げてしっかりとした声で「あたしが平気じゃなくても平気?」と。

「そんなの、わかってて聞いてるんでしょ?」

ほんの少しだけ意地悪に言葉を返せば、名無しさんは「ごめんね」と俺の腕を遠慮がちに掴む。名無しさんの手は震えていて、また俯いてしまって見えないけれど、泣いているんだと思う。そんな彼女を抱き締められずにはいられなくて。強く、けれど優しく腕の中に納める。

「徹の為にって思ったけど、ダメだった。」
「俺の為を思うんだったら一生傍にいてよ。」
「ごめん、」
「ううん、俺も、ごめんね。」

最初から、もっと自分に素直になればよかった。この世で一番名無しさんを愛してるのは俺で、名無しさんを幸せに出来るのも俺だけ。名無しさんが愛してくれるのも俺だけだって、どこから来たかもわかんない自信をもっと信じてみればよかった。
お互いのことだけを考えて、お互いを想って、お互いの為に生きていく。そんな俺達だから、本当はずっと傍にいなきゃいけなかった。

「俺、世界で一番名無しさんが好き!」
「バレーは?」
「その次!」
「なんで?」
「だって俺、名無しさんがいないと何も楽しくなかったから。」

言えば嬉しそうに笑って、名無しさんも俺を強く抱きしめた。

(20150831)完結


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