たがため | ナノ


  5.


今でも名無しさんが大好きなことに変わりはない。外で体育をしてる時とか、廊下ですれ違った時とか、気が付けば名無しさんを探してる。離れる時間が長くなればなるほど、俺はもっともっと名無しさんを好きになって。こんなにも好きだったんだって苦笑いが零れた。
それほどまでに大好きな名無しさんと話している岩ちゃんを見て、嫉妬しないはずがない。俺の大好きな大好きな、とても大切な人。幸せになってほしいけれど、絶対に誰にも渡したくない人だから。

「岩ちゃん、俺のこと見てたでしょ!」
「目が合った、と、見てたを一緒にするなボケ!」
「酷い!俺と岩ちゃんの仲なのに!」

出来る限りの笑顔と平常心を心構えるけれど、今の俺には笑顔も平常心もわからなくて。そんな俺なりに必死に頭を回転させた結果がコレ。どんなにカッコ悪くても、この気持ちは止められないから。上手く笑えていない名無しさんの表情に心が痛くて、苦しくて。俺だったら絶対に笑顔にしてあげられるのに、それが出来ないのが辛い。
不意に予鈴が鳴って焦る脳内とは裏腹に、咄嗟に名無しさんの腕を掴む素直な俺の右手。名無しさんの驚いた顔が目に入る。

「名無しさん、」
「なに?」
「あ、えっと、あー……またね。」
「……うん、またね。」

言葉が見つからなくて吃ってしまうなんて格好悪いけれど、俺なりの精一杯は伝わったはず。名無しさんの姿を最後まで追いかける俺の肩をポンポンと叩いて、岩ちゃんも教室に戻って行った。こんなに優しい岩ちゃんにまで嫉妬するなんて、本当に情けないな。


でも、岩ちゃんの本当の優しさを知るのは、次の日の放課後のことだった。体育館の出入り口に立っていたのは紛れもなく大好きな名無しさんで。またね、とは言ったものの、こんな早くにまた会うなんて思ってもみなかった。嬉しい。そんな気持ちと一緒に湧き上がる、もっと近付きたい、話したい、触れたい、なんて欲望。
気付けば名無しさんの元に走り出していた俺は、走ったものの掛ける言葉を見つけられなくて「主将の俺に許可取ってくれないと困るよ」と。許可なんて一切いらないけれど、少しの意地悪も含めてそう言えば「友達から、情けない主将がいるから見に来いと言われました」なんて。どういうことだよ、岩ちゃん。と岩ちゃんが居るであろう方向を向くと同時に、顔面に飛んでくるボール。

「サボってんじゃねーぞ!」
「ちょっ、それは言い訳させて!」
「うるせぇ!」

理不尽な岩ちゃんの攻撃に耐える俺の横で笑いを零す名無しさんに、何故か視界がぼやけた。

(20150831)


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