Hot summer !!! | ナノ


  11.得意技は


目を覚まして、そういえば合宿中やったな、なんて考えながら小さく伸びをする。起きるには少し早かった気もするが、二度寝するほどの時間でもなく、俺は鞄に忍ばせとった小説に手を伸ばした。最近映画化された恋愛小説で、映画を見る前に読んでおきたくて、つい。この部屋には読書の邪魔をする人が居なくて、当たりやったかもしれない。

「…………、」

の、はずやのに。
視界の端に移る男、財前はまだぐっすり夢の中みたいやけど、そこに名無しさんの姿はない。昨日の夜、風呂からあがって部屋に戻ってくれば、財前に腕枕をされとる名無しさんの寝姿があって。それがどういう状況でそうなったのかは誰も知らんかったけど、2人が一緒に寝とったのは紛れもない事実。

「……アホか。」

脳裏をチラつく昨日の残像を小さな呟きとともに追い払って、再度小説に視線を落とす。それでも名無しさんのことを考えてしまうのは、目の前にあるのが恋愛小説のせいか、それとも大阪という環境のせいか。
謙也の姿も見えないから、きっとランニングにでも行ったんやと思う。朝からうるさい……もとい、元気な2人ならやりそうなことや。謙也と名無しさんがいとこ同士なお陰で俺と名無しさんも出会うことができた。それには感謝しとる。せやけどいとこ同士やからこそ似とる部分もあって、そんな些細な差異が悔しくて劣等感を抱く自分も居って。東京に来たことは後悔してへん。けど、たまに苦しくなる。

「あ、侑士起きとったんか!」
「ただいま、侑士。」
「ん、おかえり。」

それ以上の思考は二人の賑わしい声によって遮断された。うるさいと思っとったけど、こういう時はいてくれた方がえぇのかもしれない。
「ちょっとシャワー浴びる!」なんて暢気なことを言う紅一点に適当に相槌を打って、俺はさっきから読んでいたかのように小説に視線を戻した。そうすれば、ふと謙也が何も言わんと隣に座ってきて。何やねん。

「侑士、悩みごとか?」
「……は、何もないで。」
「ふぅん。」

あかん、急すぎて少し動揺した。
最も得意としとる心を閉ざす方法をこんな大事な時に生かせへんくらいに、謙也の言葉は直球。しかもまるでわかっているかのような言い方をするもんやから。適当に取り繕って「今えぇところやから」なんて小説を指す俺に「おう、すまんな。」なんて。アホ謙也のくせに変なとこ鋭い。


prev / next

[ back to top ]