name is | ナノ


  05.


今日もいつものように「及川」という黄色い声が辺りに響いた。幼馴染が有名になることが嬉しくないわけではないが、問題は及川自身のウザさにある。思い出すだけでもイライラするあの顔を必死に記憶の奥底に追いやって、俺は体育館へと足を進めた。
途中、誰の目にも止まらないような場所に一人うずくまる人を見つけて、自然と足が止まるのと同時に「大丈夫ですか?」と。それから一歩近づいてもう一度声を掛けようと手を伸ばして、見覚えのある背中に、俺の口は自然と彼女の名前を紡いだ。

「……名無しさん?」

肩に触れればビクリと体を震わせ、こちらを振り向きもせずにビクビクしている様子は宛ら小動物の様で普段ならそっと様子を見守るところだが。ここは彼女が恐れる学校であり、しかも今日は練習試合で人の出入りも多い。そんな時にこんな場所でうずくまる彼女がSOS信号を出していることは、幼馴染だからかすぐに察することができた。

「名無しさん、俺だ。岩泉一。」
「は、一くん……、」
「大丈夫……、ではなさそうだな。ほらよ。」

今にも吐きそうな顔をしながら大量に涙を流す彼女を支えて立たせる。「歩けるか?」と声を掛ければ名無しさんは小さく頷いて歩き出すが、その覚束ない足取りの彼女を手放しで返せるほど悪い人間にできていないみたいだ。幸い、今日は及川と一緒に学校に来てからは誰とも会ってない。みんなには風邪だのなんだのと適当に理由を付けて休むと言っておけば、あとは何とかなるだろう。
そこでふと思い出されるのは数日前のこと。いつもウザい及川がいつも以上にウザいから落ち着けと声を掛けると「名無しさんちゃんが来たら教えてね!」とか言っていたような。まさかそんなバカなことをするはずがないとは思っていたけれど、もしかするとそういうことなのかもしれない、と隣の名無しさんを見て溜息が零れた。



「一くん、ごめんね。」
「あ?何で謝るんだよ。」
「だって、その、部活休ませちゃったし、送ってくれてるし……」

学校を出て駅まで少し歩くと、漸く落ち着いて来たらしい名無しさんは寂しげにそう呟いた。その感情は、俺の腕を掴む力が少し強くなったことからも感じられる。「そんなこと気にすんな。」そう言って頭を撫でれば、名無しさんは下を向いて地面を濡らしながら歩いた。

その頃、学校では及川が必死に俺と来たことを部員に説明したらしいが、幻覚だろ、と片付けられたとか。及川から怒りと悲しみのメッセージが何件も送られていたことに気付いたのは、自宅に着いてからだった。返事の代わりに、明日の昼休み屋上、と送ってそれ以降は無視。

(20150415)


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