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  04.


「もっと徹くんと会いたい、」

口から出てしまった欲望に、徹くんは少しだけ困った顔をした。わかってる、そういう顔するって思ってたよ。それでも出てしまったものを無かったことにはできなくて、何も言えずに俯く。
すると不意に、俯いているはずのあたしの視界に徹くんが映って、それからにこりと笑った。

「じゃあ、今度俺の練習見に来る?」
「えっ、」
「嫌なら、無理しなくて良いよ。」
「…………、」
「でも、俺だって名無しさんちゃんにもっとたくさん会いたいし、カッコいいところもたくさん見て欲しいから。」

徹くんがこうやって誘ってくれたのは久しぶりで、すごく嬉しくて。だから「行く」と答えたいのに、心の奥に居る弱虫な自分が否定する。学校に行ったら、また誰かに悪口を言われるかもしれない。徹くんに迷惑をかけてしまうかもしれない。もしも、もしも、と嫌な考えばかりが頭を埋め尽くしてしまう。
ふと、徹くんがあたしの手を握って、優しく微笑んだ。

「俺の我儘なんだ、ごめんね。」
「あたし、行きたい。けど、」
「……名無しさんのことは俺が守るよ。絶対。」

もごもごと言葉に詰まるあたしに、徹くんは不意に表情を変えてそう言った。普段の優しい顔と滅多に見られないような真剣な表情が相俟って、あたしを捕える。
気付いたら操り人形のようにあたしの首は縦に振られていた。


当日、校門の前に立ってあたしは大きく深呼吸をひとつ、ふたつ、みっつ。到着してから彼是10分経つが、あと一歩を踏み出せずにいる。徹くんがお守りと言ってあたしに貸してくれたリストバンドに触れては、大丈夫と何度も言い聞かして。伊達眼鏡で顔だってわかりにくいし、練習試合を見に来た他校生だってたくさんいるんだから。
漸く勇気を振り絞って一歩を踏み出せば、まるで知らない世界に飛ばされた気持ちになって、心臓が強く脈打つ。なんだ、あたしだって出来るじゃん。そんな嬉々とした感情を抱えて、体育館へと足を向けた。けれど。

「及川さーん!」
「こっち向いて、及川さん!」
「きゃー!手振ってくれた!」

体育館に近づけば近づくほど増えていく及川コールに、足が止まってしまった。今日もやっぱり人気者で、徹くんとあたしは別世界の住人なんだ。考えれば考えるほどに冷や汗が止まらなくて気持ち悪くなって、視界がグラグラとして立てなくなる。

好きなのに、こんなにも遠い。



(20150322)


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