君の代わりに | ナノ



16.


「ごめんね、」とは、一言も言わんかった。
まるでこれが当たり前とでも言うかのように平然と俺の背中で話し続ける名無しさんはきっと、俺にも自分自身にも誤魔化したいんやと思う。部長が名無しさんを好きなことは気付いとらんみたいやけど、少なからず好意があるということには気付いとる。そんな相手の優しさを拒んでしまったことを後悔するのは、名無しさんらしいといえば名無しさんらしい。

「名無しさん、」
「ん?」
「もうやめや、それ。」
「何の話?」
「嘘つかれとるみたいで腹立つ。」
「……バレとった?」
「当たり前やろ。」

ぎゅう、と肩のあたりの服が強く掴まれるのが分かる。ずっと名無しさんを見とった俺が、名無しさんの小さな変化に気付くことも、ほんまは知っとるはずやのに。
「あのな、」と声のトーンを1つ下げて話し出す名無しさんに合わせるように「何や、」といつもより落ち着いたトーンで言葉を返せば、所謂おんぶ状態の名無しさんは俺の肩に顔を埋めた。

「あたし、蔵ノ介先輩に酷いことしてもうた。」
「…………、」
「折角優しくしてくれて、きっとあたしのこと心配して休憩とってくれたりして、せやけど、」
「そんなん、部長の勝手にさせればえぇやろ。」

そんな優しい考え、俺に向けたことないくせに。なんて我儘な感情が先走ったからか、思わず名無しさんの言葉を遮るように言葉を重ねた。部長のことなんて考えなくていいから、俺だけを頭に入れておけばいい。こんな醜い独占欲にまみれるくらいには、俺もいっぱいいっぱいっちゅーことやな。
小さく零れた溜息は、きっと名無しさんにも聞こえとる。けれど、まだまだ続く山道の先に見える人影にもう一度溜息が零れてしまって。「溜息ばっか鬱陶しい」と背中に居座る姫様から軽いパンチが一つ。気を使わないにもほどがある。

「名無しさん、」
「ん?」
「部長や。」
「あー、ほんまや。」

少しだけ間延びした声で答える名無しさんの顔が少し歪んだであろうことは、名無しさんの顔が見えていない状態の俺でも想像がつくことやった。ついさっき気まずい空気になってもうたんやから、仕方ないとは思う。けれど。部長に近づくか離れるかの決定権は俺が持っとることはよくわかっとるやろうし、進まなければいけない状況で俺が後退りするわけもない。

「あたし、蔵ノ介先輩に謝った方がえぇ?」
「あんなん放っとけ、アホ。」
「せやけど、」
「ほな謝ればえぇやろ。」
「なんでイライラしとるん、光。」

気のせいやろ、と言い返しても無駄なことはわかっとるから何も言わずに歩き進めれば、名無しさんもそれ以上に問い詰めるようなことはせぇへんかった。
イライラしとるっちゅーのは語弊があるような気がするけれど、機嫌が悪い原因は一つしかない。当の本人はと言えば、俺らと合流するなり「お疲れさん、少し休憩しよか?」なんて心配性か。一緒に部活をやっとるだけあって、それなりに体力があることもわかっとるはずやのに、ほんまに善人で。それが名無しさんの脳裏に居座る原因かと思えば、尚のことイライラが募った。

「名無しさんちゃん、調子どうや?」
「大丈夫、です。」
「財前、休憩してもえぇんやで。」
「平気ですわ、こんくらい。」
「そか、」
「あぁ、やっぱコレ持ってください。」

押し付けるように自分の持ち物を渡せば、部長は苦笑いを零した。こんなにも子供染みたことをするなんて思っとらんかったみたいやけど、生憎、部長よりも子供なんで。

(20141218)


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