君の代わりに | ナノ



17.


結局、あたし達は三人で行動することになって、好意で様子を見に戻ってきてくれたはずの蔵ノ介先輩はあたしと光の分を合わせた三人分の持ち物を運んでいる。いくらなんでも先輩に物を持たせるのは気が引けるけれど、そもそも自力で歩いていないあたしが自分の荷物を持ったところで、今度は光の重りになってしまうのだ。
それでも文句ひとつ言わずに合宿所に向かうあたり、本当によくできた人だと思う。それどころか「名無しさんちゃん、お疲れさん。日射病にならんように飲み物飲むんやで。」なんて、蔵ノ介先輩の方がよっぽど疲れてるはずなのに。

「蔵ノ介先輩も飲んでください。」
「流石マネージャーやな。財前にも飲ませたりぃや。」
「光は荷物置いたら戻ってくる言うとったんで、はい。」
「ん、おおきに。」

練習用のスポドリとは別に用意しておいたお茶を渡せば、蔵ノ介先輩はそれを一気に飲み干す。そしてもう一度「おおきに」と。

「さっきから、お礼せなあかんのはあたしの方です。」
「それは財前にしたってや。」
「…………ちゃいます、」
「ちゃう?」
「心配して休憩してくれたり、戻ってきてくれたり、そういうん。」

言えば蔵ノ介先輩は、あれは俺が休みたかっただけで、と下手くそな言い訳を並べた。そんなバレバレな嘘はいらへんのに、蔵ノ介先輩らしくて思わず笑みが零れる。そんなあたしを見た蔵ノ介先輩が首を傾げるけれど、何でもないですと一言返せば、疑問符を浮かべながらも追及してはこないようだった。
けれど、その代わり、とでも言うべきだろうか。

「俺、名無しさんちゃんのそういうとこが好きやで。」

先輩でも部長でもなく、一人の男の表情でそういう蔵ノ介先輩は「好き」にどんな感情を含めたのだろう。止まったように感じた時間が、実際に何分くらいだったかあたしにはわからない。良くも悪くも光が荷物を置いて来たらしく、丁度あたしのところに戻ってきてくれたことで、あたしはふと我に返ったけれど。あたしと蔵ノ介先輩の神妙な雰囲気に光が気付かないはずもなく、少しだけ眉を顰めた。

「何しとるん、」
「あ、えっと、その、」
「俺が名無しさんちゃんに告ってん。」
「は、」
「本気やで、名無しさんちゃん。」

蔵ノ介先輩の笑顔に反して、光の表情が険しくなっていく。それでも構わないといった様子で「返事はいつでもえぇで。」という蔵ノ介先輩は、光の表情が何を意味するのか分かっているんだと思う。
正直、蔵ノ介先輩はすごく良い男だと思う。カッコいいというのもあるけれど、テニスも上手で、部長としての才能もあって、なんでも完璧にこなすから。だから本当は告白だって嬉しいことのはずなのに。ビックリした、けれど、あたしが求めているのが蔵ノ介先輩じゃないことは、あたし自身が一番よくわかっていたらしい。

「あたし、好きな人が居るんです。」
「…………ん、なんとなくわかっとったで。」
「ずっとずっと好きやった人、」
「ほな、その人と向き合って、ダメやった時は慰めたるわ。なぁ、財前?」
「………、」

光の方に目を向ける蔵ノ介先輩に、光は何も答えずに顔を反らした。けれどそんなことは気にも留めずに蔵ノ介先輩は「ほな部員の様子見てくるわ。」と。それが気遣いだということはあたしだけじゃなく、光もよくわかっているはずで。蔵ノ介先輩の姿が見えなくなると、溜息を一つ吐いて「ほんまお節介な人やな。」と呟いた。

(20141225)


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