雨のち、 | ナノ



THE PAST


木手に呼ばれて、あたしは今更目が覚めたような感覚がした。

けれど、目の前で起こってることに、頭が納得しない。
部員が集まってる。それをレギュラーの皆で抑えてるみたい。永四郎が部員に何か指示してる。裕次郎が、突っ立ってる。誰かのラケットが地面に落ちた音がした。
ふと、あたしの足に転がってきたボールが当たった。赤い。……赤い?どうして?

部員達の隙間を通って、みんなの中心に向かう。

「り、ん……?」

どうして、凛は起き上がらないの?この赤は、凛の、……?

「凛、起きて。起きてよ。」
「名無しさん、」
「凛、凛、ねぇ、凛ちゃん…っく、起き、起きてよぉ……!」
「名無しさん、落ち着きなさい。大丈夫ですから。」

何で揺らしても起きないの?どうして木手はあたしを止めるの?大丈夫って、そんなの信じられるわけない。あの時だって大丈夫じゃなかったのに、何で大丈夫ってそんなに簡単に言うの?
何でテニスはいつも、彼に罰を与えるの?あたしじゃなくて、どうして彼に。彼、ばっかりに…!

「………か、…い。」
「ん?どうしたんです?」
「…テニスなんか、大嫌い!!!だっ…、大っ嫌、い…!大っ嫌い、ぁ……ぅあ、あぁぁぁああ…ぅあぁぁああっ!!」
「っ、名無しさん、落ち着きなさい!」

テニスも、あたしも、みんなみんな大っ嫌い。
数年分の涙が枯れてしまうくらいに、あたしはただ、そこで泣き喚いた。


それからのことはあんまり覚えてなくて、気が付いたら覚えのある真っ白の中にいた。真っ白の中にある唯一の金色は、あの頃のようにチューブに繋がっていて。あたしはといえば、備え付けと思われる長椅子に寝かされていた。

「凛ちゃん、」
「……。」

凛の額に巻かれた包帯をそっと撫でる。と、ほぼ同時に、あたしの背中の方から「名無しさん、」と声が聞こえて。振り返ると、目を赤くした裕次郎が立っていた。それからその後ろにはレギュラーの皆も。

「わん、凛に…っ、」
「だから、だからあたしは……!!」

試合中にボールが当たるのはよくあること。それは、わかってる。彼らの話からすれば、ラリーをしてる最中に凛の動きが止まって、ボールが当たってしまった。つまり、裕次郎が悪くないこともわかってる。
だから、本当に悪いのは、凛に“恐怖”を作ったあたしだってことも、……わかってたはずなのに。

「…あたしが、止めれなくてわったさん。(ごめん)」
「え、何ち、」
「ずっと隠してたあたしが悪いんさぁ…!」
「名無しさん、初めから話してください。」
「聞いたら、あたしのこと、嫌いになってくれるなら。」




若い頃からテニスをやっていたお母さんの影響だろうか、あたしの身の回りにはいつもラケットとボールがあった。だから武術を始めるのとほぼ同時に、あたしはテニスも習い始めて。と言っても、お母さんがやれと言ったわけじゃなくて、それはあくまでもあたしの意志。夢はプロだと言っても過言じゃない。

『りーんちゃんっ!』
『おー、今日も相手してやるさぁ!』

凛は、生まれた時からずっと一緒だった。親友だったあたしのお母さんと凛のお母さんは、同じ頃に結婚し、同じ日に出産。それも同じ病院で。そんな運命的な出会いをしたあたしと凛は、物覚えついた頃には一緒にいることが当たり前になっていた。
そんなあたし達の間で流行っていた遊びは、テニス。と言っても、凛はど素人だから、テニスごっこみたいなものだったけど。負けず嫌いの凛は、いつもあたしに勝負を吹っかけてきては、素人だからって手加減する度に怒られた。

『今日こそ本気で来い!』
『怪我しても、文句や無しやっさー!』
『わんのこと舐めすぎさぁ!』

だから、あたしは本気で戦った。毎日遊んでいたせいで、凛も上手くなっていたから大丈夫、何も起こらない。そう、信じていた、けれど。

それが過信だと気付いたのは、事件が起こった後だった。

あたしが打ったボールが凛に当たった、それだけのはずだったのに。『なんくるないさー』と言って立ち上がったはずの凛は、気を失って。病院に運ばれた凛に待っていたのは辛い診断だった。

『しばらく体が自由に動かないでしょう。』
『そ、それって…?』
『リハビリで治りますから、頑張ろうね。』
『……はい。』

それから1年半、凛は病院で生活することになって、あたしは毎日、土下座をしに行った。
凛ちゃんに怪我をさせた、あたしは最低。もしもこのまま凛ちゃんの体が動かなかったら、あたしは死んで償う。

『はは、気にさんけー。』

それなのに、凛は、笑った。あたしのことを恨んで、嫌いと言ってくれれば良かったのに。それがあたしにとって一番辛いということを知ってか知らずか、凛が選んだ答えはあたしを生き地獄へと落とした。






prev / next

[TOP]