雨のち、 | ナノ



YOU & I


「あたしは凛ちゃんの時間も笑顔も、涙さえも奪ったのに、凛ちゃんはあたしを恨もうとしないんさぁ!だから、あたしはこれ以上凛の人生を曲げないように…いや、本当は、あたしが苦しみたくないから、みんなを止めたかった。」
「……何で、早くそれを話してくれないんですか。」
「名無しさんがわん以上に苦しいのやわかってるさぁ。だから、話したくなかったんやっし。」

不意に声が聞こえた方を向けば、凛が体を起こしてあたし達を呆れたような顔で見ていた。時折体勢を変えるたびに、苦々しい顔をするのが見ていられない。
思わず差し出した手を遠慮なく掴まれたことに、あたしは少しだけ嬉しさを感じる。

「はは、わん、情きんねー…」
「り、凛、わん……わったさん、凛。わったさん…!」
「裕次郎が謝るなんて珍しいさぁ。別に、ボールにぶつかって怪我するなんてよくある話あんに。………そう、言ったのはやったー(お前ら)やっしー。」

だから止めたのに。
そう言う凛に、誰も言い返せなくて、黙る。

「なーんてな!」
「……は?」

が、その重苦しい空気を作った張本人は、突然そんなことを言ってみんなに笑顔を向けた。勿論みんなは、怪訝という表情を凛に向ける。けれど、そんなことを気にせず、凛はただ、自分の話を続けた。

ずっと隠してたわんと名無しさんも悪い。でも空気読めなかったみんなも悪い、ムカつく、空気読めバカ。だけど、わんは誰かを悪者扱いしたいわけじゃないし、自分を正当化したいわけでもない。謝る方も辛いけど、謝られる方だって辛いってこと、わんはよくわかってるから。だから尚更、誰が悪いとかそんなことしたくないんだよ。そうなる運命だった、その一言で十分だと思う、わんは。

そう言う凛は、昔と変わらずやっぱり優しいんだな、って思った。けれど、それと同時に、あたしの中で何かが壊れる音がする。

「じゃあ……あたしは?あたしは、もう、どうすれば良いの……っ!?」
「名無しさんも、そんなに囚われなくてもゆたさ、……!?」

言葉を紡ぐ凛に、あたしは枕やら毛布やら、その辺にあるものを適当に投げつける。それに驚いた顔をする凛が目に映ったけれど、あたしにはあたし自身を止められない。
酷い。あたしは凛に許さないって言ってほしいのに、そうしてくれるだけですごく楽なのに、凛はあたしからそのチャンスを奪うなんて。その優しさがあたしを苦しめてること、わかってるはずなのに、どうして。
言えば、凛は突然あたしの腕をぐい、と引いて、あたしは凛に飛び込んだような状態。それをしっかりと受け止めた凛は、じっとあたしの目を見て、ただ一言発した。

「好ちゅんやくとぅ、構わねーらん。」

自意識過剰と言うわけじゃないけど、前にもそう言われたから、凛があたしのことをそういう風に見ているのはわかってる。嬉しくて、幸せ。
だけど、やっぱり信じられない。だって、あたしは、凛に怪我させただけじゃなくて、長い時間も奪って。そんな最低な人間なのに。

「わからん……」
「何が?」
「あたし、好かれることしてねーらん。」

寧ろ嫌われることばっかりなのに。
そういえば、不意に、凛は大きな声で笑い出した。そして、バカ、と。一度だけかと思いきや、何度も、何度も、何度も何度も繰り返して。終いにはあたしの胸ぐらを掴んで、胸に顔を埋めてきた。胸元が濡れていく気がするのは、気のせいだろうか。

「わんが幸せじゃねーらんとしたら、それは名無しさんの打ったボールが当たったことでもねーらんし、裕次郎の打ったボールが当たったことでもねーらんし、ましてや比嘉中のテニス部に入ったことでもねーらん。もっとずっと昔から、わんの気持ちに気付かんふらーな女にずっと片想いしてる、わんに問題があるんさぁ。」
「……女は鈍感なんさぁ。」
「初恋やくとぅ、知らん。」
「早くさんけー。女が別の男に獲られるどー。」

冗談半分で言ったのに、凛は「じゃあ早速、」と言わんばかりに、長いキスをしてきた。一瞬見えた凛の目が赤かった気がするけど、そんなことを考える間もないほど早くて。あぁ、確かに男は獣だった。
離れたと同時に「獲られる心配はしてねーらんしが。」と言う凛を一発殴る。そして、お互いに笑いあった。あたしは凛の時間を奪ったと思っていたけれど、実は奪ったんじゃなくて作っていたということを今更になって気付くなんて。凛はズルいんじゃなくて、本当に心の底から優しかったのに、誤解してたなんて。あたし達はバカみたいにすれ違ってたなんて。笑うしかないじゃないか。



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