雨のち、 | ナノ



BATTLE


しばらくして、ケロッとした凛は「帰るかー」なんて自由なことを言いながら立ち上がり、あたしに笑顔を向ける。

「わん、まぶやー。やしが、名無しさんがいるから頑張れるさぁ。」
「……っ、り、んちゃ、っ……わっさ、い、びーん(ごめんなさい)…っく、」
「え、ぬ、何ち!?…え、え?え!?」

前に凛はあたしに、もう自分のことを恨まないで、そう言った。けれど、自分を恨まないなんてことは、きっと、あたしには一生出来ない。凛が何と言おうとも、あたしが凛を傷つけたことは変わらない事実なんだから。
突然泣き出す訳の分からないあたしの頭をよしよしと撫でては、あたしの顔を見て様子を伺う。

「名無しさん、いつまでもなちぶー(泣き虫)やぁ。」
「う、うるさ、」
「ちゅらかーぎー(可愛い)ってことさぁ。」

何を言い出すのかと思えば。
熱くなった頬に口付けするなんて、そんなキザなこと、一体どこで覚えてきたんだろう。もしも今あたしが爆発したら、勿論凛のせいだと言い張るつもり。
唇を離した後は、あたしの顔を見て「元気出たばぁ?」なんて、さっきまでの弱気な凛はどこに消えちゃったんだ。

「……うん、出た。」
「うり、帰るどー。」

小さい頃みたいに手をつないで帰ろうと思ったけど、何故かすごく緊張して手汗かいてるからやめた。

結局、次の日の部活は普通に参加した。昨日のことについて何か聞かれるかと思ったけれど、誰も何も聞いてこなくて。強いて言うなら、木手の説教だけが耳に残った。

「凛、」
「なんくるないさぁ。」
「…頑張りよ、凛。」

言えば、練習へ行くためにコートへと向かいかけていた足を止めて、あたしに真剣な顔を向ける凛。それに対して言葉を促すように首を傾げれば、凛はゆっくりと口を開いて。
返ってきたのは、あたしが考えていたほど簡単な言葉じゃなかった。

「わん、今、テニスが好ちゅん。それと、テニスしてる名無しさんも好ちゅん。だから、わんはこれ以上名無しさんに、テニス嫌いになってほしくないさぁ。」
「“その為なら頑張る”?」
「ほーお!わかってるあんに!流石!」
「……ふらー。(バカ)」

あたしが頑張ってほしいのは、そんなことじゃない。ただ、テニスを頑張ってくれればいい。凛が怪我をしなければ、それでいいのに。あたしなんかの為にそこまで頑張ってくれる凛は、好きだけど、嫌い。
恐怖で体が動かない、その原因を作ったのはあたし。凛が優しすぎるのも、今まで弱音を吐かなかったのも、きっとあたしが凛をそうしてしまったのに。それなのに、まだ自分を犠牲にしてあたしを救おうとするその優しさが、あたしには辛いということをわかっていない。そんな凛が、好きだけど、嫌い。

「裕次郎、やんどー。」
「またあの戦法、使わない気ばぁ?」
「使わなくても勝てるって証明してやるさぁ!」

凛と裕次郎の試合練習が見やすい位置に移動して、あたしはただ、凛を見守ることしか出来なかった。
多分、それを見ているあたしは、端から見たらホラー映画でも見ているかのような様子だと思う。思わず目をつぶってしまったり、手で顔を覆ってしまうようなテニスの試合があるなんて、普通は誰も考えない。

「ははっ、まぶやーまぶやー!」

試合をしている時の裕次郎は、まるで何かに呪われているようで。いや、もしかすると、あぁまでしないと恐怖で何もできないのかもしれない。だって裕次郎は、あたしの親友は、あんなに怖い顔をするような人間じゃないと、あたしが一番よくわかってるはずだから。

そんなことを考えながら、彼らの試合を見ていたせいだろうか。

「しつこいさぁ!」
「裕次郎こそ!」

2人がそんな会話をするまで、あたしは全く気が付かなかった。いつの間にか、部員全員が注目するほどのデュースになっていたのに、寧ろ気付かなかったあたしが恥ずかしい。
「長いですね。」と言いながらあたしの隣に立つ木手に視線を向けて、また戻した。止めようとしないことは、よくわかってる。けれど、不意に木手は一歩踏み出して、その体勢のまま静止。

「どうしたんばぁ、木手。」
「平古場クンの様子が……いえ、何でもないです。」
「気付いてるのに、止めないんばぁ?」
「キミもでしょう?」
「……あたしには、凛に反対する力も、資格もない。」

言って、あたしは木手とコートに背を向けた。また変なところに首を突っ込まれそうになったら、今度は無視しようと心に決めて。

だけど、後ろから聞こえてきたのはそんな内容の言葉じゃなかった。
それらの言葉をあたしの脳みそは受け入れようとしないらしく、音だけが入っては抜けていくような感覚に囚われる。

「名無しさん!」
「……え、」


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