君にECSTASY | ナノ





「財前くんっていつも音楽聴いてるの?」

部活前、今朝と同じように壁に寄り掛かってウォークマンで音楽を聴いている財前くんに聞いてみれば、一度あたしをちらりと見てからイヤホンを外した。あ、よく見たら机に座ってる…。

「暇な時は。」
「何聴いてるの?」
「名無しさん先輩も聴きます?」
「うん!」

答えるとイヤホンを渡された、と思ったのに、受け取ろうとしたら引っ込められて。それがまるで『お預け』みたいでなんだか悔しい。「何なの!」思わずそう言うあたしを見て、財前くんはただ口角上げる。

「ほな、」
「な、何…?」
「俺んこと名前で呼んでくれたら、」
「え?」
「光」

要は、財前くんを『財前くん』じゃなくて『光』って呼べってことでしょ?そう聞き返すと、肯定の意と思われる頷き。それを確認して、あたしも頷く。

「ひ、光…?」
「吃ったからやり直し。」
「光、」
「何です?」
「音楽、聴かせて」

言えばよく出来ましたと言わんばかりに意地悪な笑顔を向けられて、悔しかったから差し出されたイヤホンを奪うようにして受け取った。

「歌詞は付けてないっすけど、」

言いながら財前くん、じゃなくて光は再生ボタンを押す。光の言った通り歌詞はないけど、イヤホンから流れる音楽は確実にあたしを癒してくれている。

「あたしこの曲好き!」
「そらどーも」
「へ?」
「これ俺が作ったんすわ。」

ってことは、あたしは作曲した張本人に向かって「この曲好き!」って言ったことになるの?何それ!すっごく恥ずかしいし、何で光も先にそれを教えてくれなかったのかなって考えると悔しい!

「光に騙された!」
「別に騙してませんよ。俺が作っとらんって言いました?」
「くっ…!」
「ほな、俺は練習行くんで、聴きたいんやったら聴いててもえぇですよ。」

口角上げて楽しそうな意地悪顔をする光の背中に向かって、あたしは目一杯に舌を出してやった。それなのに光の曲を聴く気満々で、ウォークマンを握っている自分が悲しい。


ふと、目を開ければ外はいつの間にか真っ暗になっていて、部室にある時計は既に7時を指している。もしかして、もしかしなくても曲を聴きながら寝ちゃったらしくて。体勢が悪かったせいかやけに重たい体を起こして伸びをしようとしたら、何かが肩に乗ってることに気付いた。

「落としたら百万」
「っ!?」
「おそよーございます、名無しさん先輩」

それが不意に声をかけてきた彼、光の所有物だってことに気付くのにかかった時間はほんの一瞬。毎日使ってるにも拘わらず柔軟剤と思われる良い香がする光のジャージを綺麗に畳んで、あたしは光にウォークマンと一緒に差し出した。

「ありがとうございました」
「ククッ」
「?」
「どーいたしまして」

何がおかしいのかわからないけどやけに笑顔な光はそのままロッカーにジャージを仕舞って、それからさっき居た位置に戻ってあたしを見る。ちらっと見えたロッカーの中がちゃんと整理されてて、失礼だけどなんか意外。

「か、帰らないの?」
「帰ってえぇんです?部長、まだ自主練しとりますけど。」
「一緒に待っててくれるの?」
「待っててほしいんちゃいますの?」

まただ。上から目線でニヒルに口角上げて悔しいはずなのに、何故かちょっとドキッとして。もしかしてあたしって惚れやすい?いやいやそんなことない!光にドキッとするのも蔵ノ介くんにドキッとするのも2人ともカッコイイからで、決して惚れてるわけじゃないし!

「…うん」

ちょっと、ちょっとだけ素直に甘やかされてみるのも良いかなって思っただけで、別に惚れてるわけじゃない、はず。
沈黙の中に、光が携帯を弄るカチカチという音だけがやけに響く。静かなのは嫌いじゃないけどこういうのって気まずい。

「名無しさん先輩、」
「は、はい!?」
「…………携帯出して。」

突然話し掛けられて素っ頓狂な声を出しちゃって、光はそんなあたしを怪訝そうに見てから溜息を一つ。腹立つけどここは堪えて、あたしは言われた通りに携帯を出した。

「…はい、完了」

それから1分も経たずに返ってきた携帯を開いて確認すると同時に、光の満足気な顔が携帯の向こう側に見えて。



  →slip
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