君にECSTASY | ナノ





「どうやった?」
「楽しかったよ!」

練習後も部長仕事は忙しいらしくて、日誌を書いたりしてるうちに辺りは真っ暗。それでも蔵ノ介くんと一緒に歩けば怖くないし、寧ろすごく安心感がある。あたしのお腹が食事の催促をし始めるくらいに。

「ククッ…」
「わ、笑うならいっそ豪快に笑ってよ!」
「すまん。なんや可愛ぇな、自分。」
「嬉しいような嬉しくないような…」

お腹空いたらお腹が鳴るのは自然現象なんだから仕方ないじゃん!なんて心の中で言い訳してるあたしに、蔵ノ介くんは笑いながら手を差し出す。よくわからなくて、とりあえずあたしも手を差し出せば、手の平にぽとっと何かを落とされた。

「そんなもんしかないけど、無いよりマシやろ?」

見ればそこにはキャラメルが1つ置かれていて、遠慮なく「ありがとう」と口に含む。本当は蔵ノ介くんの方がお腹空いてるはずなのに、あたしって何て強欲!それに気付いたのはキャラメルを口に含んだ後だった。

「ところで名無しさんちゃん、財前と話したん?」
「財前?」
「んー、『生意気な後輩』っちゅーたらわかるやろか。」
「あ、話した!ツンツンした黒髪のピアスくん!」
「あぁ、そいつや。」

話したというよりは、話し掛けられたという方が正しい気もするけど。それがどうしたの?と聞き返せば、蔵ノ介くんは苦笑を浮かべた。

「気に障るようなこと言われてへん?」
「うーん…多分、」
「あいつ、口は悪いけどほんまはえぇ奴やから何や言われても堪忍したってな?」

確かに、口はすっごく悪かった。偉そうに上から目線で話してくるところなんか特に。それでも蔵ノ介くんが『えぇ奴』って言うなら、良い人じゃないとは思えなくて。軽い失言は許してやろうとか、ちょっとだけ先輩ぶってみる。

「でも大変だね、後輩の尻拭いするなんて。」
「後輩の尻拭いちゃうで。名無しさんちゃんが財前に絡まれとったん見えたさかい、気になっとっただけや。」

ニコッて微笑んで「何もされんかったんならえぇんや。」って頭を撫でられて、それで嬉しくならないなんて有り得ない。事実、あたしはこんなに嬉しいんだもん。ドキドキするってこういうことなんだな、って実感する。

家に着くと既にご飯は出来てて、それからすぐに夕食と入浴。いつもはこんなに遅く帰ってくることなんてなかったせいか、時間がすごく早く過ぎていく気がした。

「名無しさんちゃん?」
「…………んー?」
「眠そうやな。疲れとるやろうし、今日は早めに寝ぇや?」
「………………んー…」

寝た記憶はなくて気が付いたら時計は朝の6時、自然と起きたせいか目が冴えている。あたしはまだ静かな空間の中に響く、朝ご飯の支度をする音の方へと向かった。
それから少しすると蔵ノ介くんと友香里ちゃんも起きてきて。昨日と同じ時間に、あたしは蔵ノ介くんと家を出る。

「おはよーございます」

けれど玄関を出てすぐ、昨日はなかったはずの姿がそこにあった。ツンツンした黒髪のピアスくんこと財前くんは、白石家の外壁に寄り掛かってウォークマンで音楽鑑賞をしていたらしい。…何で?

「財前、どないしたん?」
「昨日の夜、コンビニ行く時に先輩等が帰るとこ見たんすわ。」

怪訝を向ける蔵ノ介くんに、財前くんは淡々と返す。「だから来たんですけど、」文句あります?とまでは言わないけど、それは言わなくても伝わるだろうという意味なんだと思う。
でも、何で2人がこんな雰囲気になってるのかあたしにはわからなくて。どうしようもないあたしは、がむしゃらに2人の手を引っ張るしかなかった。

「とにかく学校行こう!」
「逆行こうとしとる人に言われたないっすわー」
「…………」

恥ずかしいけど引き返して逆方向に向かうあたしの両サイドで、ククッと笑う声と苦笑する声が聞こえて。多分真っ赤であろう顔を隠すようにしながら、あたしは2人の背中を押してさっさと歩かせる。恥ずかし過ぎてどうにかなりそうなくらい恥ずかしい!

「部長も物好きっすわ。」
「な、何がや」
「へぇ、吃るっちゅーことは、そういうことやって理解してえぇんですよね?」
「…………」
「何、2人だけで何の話?」



  →confidence
     結局2人は話の内容を教えてくれなかった




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