君にECSTASY | ナノ





「ほな、俺帰りますわ」
「え!?まだ蔵ノ介くん来てないよ!」
「来とりますよ」

ほら、言うた途端に俺が寄り掛かる壁のすぐ横にある扉が開いて、名無しさんちゃんと財前が顔を出す。財前と目が合った瞬間、俺を軽く睨んできて。

「盗み聞きなんて悪趣味っすわー」
「そんなんちゃうわ。」
「ふーん?まぁ別に聞かれたらあかんようなこと言ってませんし。」

何もかもを見抜いたようにそう言うてから、財前は俺に鞄をぶつけて帰っていった。絶対に、わざと。せやけど盗み聞きしたこっちも悪かったわけやし、お互い様なんや。ふと名無しさんちゃんを見れば、ただ携帯を握り締めとった。

「遅くなってもうてすまんな?」
「う、ううん!大丈夫!」
「…はよ帰る支度済ませるわ。」

財前が何をしたんかはようわからへんけど、確実に2人が仲良うなっとったことくらいはわかる。いつもなら部活が終わればさっさと帰ってまう財前が、こない遅くまで何もせんと部室に居るなんて、名無しさんちゃんが関わっとらんはずがない。朝やって、俺ん家の前を通ると少しだけ遠回りになるはずやのに。




「名無しさんちゃん、」
「何?」
「ちょお時間えぇ?」
「良いよ?」

帰って夕食も入浴も終わって暇になってきた頃、俺は名無しさんちゃんの部屋に行った。理由はただ、財前とどれくらい仲良うなったか探るため。それが財前に対してめっちゃ最低な行為やってわかっとるけど、こうでもせんと財前に勝てる気はせぇへん。財前が本気やっちゅー確信があるわけやないんやけど。

「家、慣れたか?」
「ううん、流石にまだ慣れないよ。こんな大きい家に住むの初めてだし。」
「まぁ、それもそうや。」

苦笑する名無しさんちゃんに俺も苦笑してみせる。知らない土地の知らない家に知らない家族と同居なんよう聞く話ちゃうし、慣れへんのもしゃーない。寧ろ名無しさんちゃんはようやっとると思うくらいや。

「そういえば財前と仲良うなったみたいやな。」
「え?あ、うん。」
「財前が女子と話しとるのなん初めて見たさかい、ちょっと意外やったわ。」
「そうなの?女子に人気ありそうなのに。」
「確かにモテるんやけど、ウザったいとか言うて相手にしとらんみたいなんや。」

それでもモテる財前を羨ましがる奴も少なくない。俺かてたまに羨ましいって思うてまうくらいや。言えば名無しさんちゃんは「確かに関わりにくいとこあるけど」なんて笑いながら言ってきて、俺も肯定の意味を込めて笑い返す。

「今日ね、光の曲聴かせてもらったの。」
「あぁ、財前が作曲しとるやつ?」
「うん。すごく良い曲ばっかりだった。」

嬉しそうに話す名無しさんちゃんを見ると胸が痛くなって、せやけどどうにも出来ひんからもどかしい。「ところで、」気付けば俺はそう口にして、無意識のうちに財前から話を反らそうとしとった。

「大分片付いたな、部屋。」
「物が少なかったし、蔵ノ介が手伝ってくれたし。」
「まぁ殆ど俺がやったしな。」
「そんなに手伝ってもらった記憶ないんだけど!」
「せやったっけー?」

ボケてみせれば頬を膨らませて「もう!」なんて叩いてきて、それが可愛くてドキッとしたことは俺だけの秘密や。可愛い過ぎるっちゅーねん。不意に俺は名無しさんちゃんから顔を反らして、あくまでも部屋を見渡すかのような動作。所謂、照れ隠し。

「あれ?あの写真…」

すると、ふと一枚の写真が目に留まって、俺が指を差せば名無しさんちゃんはそれを手に取って俺に渡してくれた。

「あたしが小さい頃の写真なんだけどね、隣の子が誰だか覚えてないの。でもすごく優しくしてくれた記憶はあって…」
「大事にしとるんやな、」
「うん。いつか会えたら良いな、って思ってるんだ。この写真が手元にあるってことは、少なくともお母さんかお父さんが傍に居たってことでしょ?それなら親戚とか近所だった子とか…。」
「名無しさんちゃんのお母さんとかに聞かんかったん?」
「あんまり話さなかったから…」

そう言うて無理矢理笑ってみせるもんやから、俺は反射的に名無しさんちゃんの頭を撫でとって。見てられへんかったんや、名無しさんちゃんがあないな風に笑うところなんや。

それから暫く話して、俺は部屋に戻った。そして何も考えずに引き出しの1番上を開けて、一枚の写真を取り出す。



  →taught
     『蔵ノ介5歳』と書かれた君と同じ写真



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