好きや、それが理由 | ナノ


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2、3時間目:家庭科

今日の家庭科は調理実習らしい。あたしの家には専属のシェフやパティシエがいるから滅多に食べさせたりはしないけど、趣味として料理することは好きだから苦手ではない。特に、おやつ系統は。

「光、邪魔しないでね!」
「はいはい。」

エプロンの後ろの紐を結んでもらいながら、あたしは光に促す。それに対して、光の態度の悪い返事が返ってきた。いつものことだけど。
光が否定しないのは、あたしが料理好きだから。だけじゃないと思う。問題は今日の課題が「あんこを使った料理」だということ。光はあんこが好物という訳じゃないけど、光の大好物である善哉には、あんこがたっぷりと使われている。それを肯定するかのように、先生が事前に用意してくれた材料の中からいち早く白玉粉を見つけ出して、何も言わずにあたしの目の前に置いた。

「光さん、これは、」
「白玉粉。」

そう言われることは大体予想していたから、もう何も言うまい。
さっきまでの悪態は何処へやら、まるで飼いならされた犬のようにキラキラした目で見つめてくるもんだから、あたしだってNOとは言えないじゃないか。生えてないはずの尻尾が、ぶんぶんと振られている。ような気がする。

「……名無しさん、」
「言わんとしてることはわかったから、もう何も言わなくていい。」
「……火傷せぇへんようにな。」

作ってほしい。うん、わかったよ。ありがとう。
そんな一般的な会話はあたしの心の中で省略。それを理解したのか、作ると断定した上での注意事項が光から言い渡された。まぁ、白玉善哉を作るのなんてもう慣れたもので、説明をきいたり白玉粉の袋の裏を読んだりしなくても作れる。強いて言うなら、光の期待に満ちた目が怖い。

「光、ちょっと見すぎじゃないかな……。」
「は?」
「いや、何でもない。」
「俺のことはどうでもえぇから、はよ作れ。」

はよ作れ、とか言われても、何だかんだで好きな人に見られてる(がん見)わけだから、緊張しないわけがない。毎日一緒に居たってやっぱりドキドキすることもあるし、何より、あたしの光への愛情は本物なんだから。
鍋を持つ手がいつもより震えるのは、家で使ってるなべよりも重いせいか、それとも緊張してるのか。

「あっ、」
「名無しさん!?」
「痛い……!」

気が付けば、熱くなった鍋があたしの腕に触れていた。あたしのじゃない。他の班の、誰かの。自分の鍋に集中しすぎて、傍にその鍋があったことを忘れていた。じりじりと焼けるように痛むあたしの腕を光が冷水に晒す。そんな光の処置の速さのお蔭か、大きな痛みはすぐに治まった。
けれど、治まらないものもあるらしい。あたしが触れた鍋を使っていたと思われる人の胸倉を掴む光と、それを制裁できずに困っている担任があたしの目に映った。

「ひ、光!落ち着いて!あたしは大丈夫やから!」
「落ち着いてられる訳ないやろ!名無しさんに傷付けたらどないなるか、きっちり教えたらなあかんねん!」
「光!」
「うっさい。」
「光、今すぐ出て行って。命令よ。」
「……勝手にしてください。」

いつもより低いトーンでそう言うと、光はすぐに教室を出て行った。
言い過ぎたかもしれない、そう考えて引き止めようにも、その背中はもう見えない。






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