頂き物:まるで僕 [ 5/9 ]

『まるで僕』


***途中まで八雲作***



 静かなスラム街を歩くのは俺一人。雨が黒い傘を叩き、弾ける。ブーツの音を響かせながら、ただ無心に歩いた。
 事務所の誰かと喧嘩したわけでもない。故郷のフォルトゥナに対してホームシックになったわけでもない。ただ、心の中にモヤモヤとした何かが出来て、苛立っていた。
 時々あるこのもどかしさ。何がこんなに俺の中をかき乱し、ささくれ立たせるのか、まったくもって分からなかった。

 徐々に横殴りになってきた雨が俺のズボンやパーカーを濡らし始める。しかし俺は冷えてきた体を気にすることなく、ただ漠然とアルファルトを踏んでゆく。
 イライラとする心を静めるように、深く息を吐いてみる。けれど何も変わりはしない。時間と共に収まると思ったが、逆により深い苦悩を生み出していく。
 積み重なっていく謎の感情。俺の目に薄っすらと涙の膜が張り出した。

「にゃおん」

 愛らしい声が耳に入った。その方向に目を向けると、ずぶ濡れの猫が狭い路地の間で震えていた。
 灰と白の入り混じった毛は水によってひしゃげ、細い体を浮き彫らせている。極寒の冬の小枝のように細い手足。今にも餓死しそうである。しかし、そのブルーの綺麗な瞳はらんらんと光り、純粋に俺を映していた。
 俺は立ち尽くしたまま、猫を見つめていた。しばらくすると、猫は俺の足元にか弱く寄ってきて、頭を擦り付けてきた。
 足で押しのけてやろうか、と思ったが、体は無意識に屈み込み、手は猫の華奢な身体を撫ぜていた。

「………」
「にゅーん」

 高い声を出して、俺にまとわり付く。
 このままでは風邪を引くかもしれない。いやそれ以前に飢えて死ぬかも。
 俺はそっと猫を抱え上げ、踵を返し、事務所へ戻った。



****↓なまり様より頂きました****



猫を抱えて事務所に帰ってみれば、誰もいなかった。
どうやら珍しく全員出ているらしい。
猫を抱えたまま脱衣所へと移動し、タオルを手に取った。
一つを自分の首に掛け、もう一つを猫に掛けて濡れた身体を拭いてやる。
乾いた繊維が湿った毛並みから水分を吸い取り、瞬く間にタオルが濡れて行く。
猫は腕の中で目を細めるだけだ。

「ちょっと待ってろ」

猫を抱いたまま暖炉に火を灯し、猫をその前に降ろした。
キッチンへ移動して冷蔵庫から牛乳を取り出し、気になって振り返ったが猫は大人しく暖炉の前に座っている。
それに安心して鍋に牛乳を入れてコンロに火を灯し、ようやく自分の髪を拭くことが出来た。
猫は暖炉の前に座り、明明と燃える暖炉の光を見つめている。

「ほら、出来たぞ」

人肌程度に温めたぬるい牛乳を皿に移し、猫の前に置く。
よほど腹が減っていたのか、猫はすぐに顔を突っ込んで飲み始めた。

「美味いか?」
「にゃー」
「そうか」

こちらを見上げて一鳴きした猫にくすりと笑う。
首輪もしていない、痩せこけた猫。
この猫は一匹で生きているのだろうか。
悪魔も蔓延るこの薄汚れた掃き溜めの街を、小さな身体で、たった一匹で。
皿の牛乳を綺麗に舐めとり、ぺろりと口周りを舐めてこちらを見る。

「にゃあ」
「ふっ。まだついてるぜ」

そっと下あごの牛乳をぬぐい、そのまま撫でればぐるぐると猫は喉を鳴らした。
やがて猫はぴくりと耳を動かすと、立ち上がってするりと横をすり抜けて窓へと走る。
桟へと登った猫が見つめるのは窓の外。
猫の後ろから外を覗けば、向かいの家の軒下に、猫が一匹佇んでいた。

「にゃあ」

開けてくれと猫はこちらを見て鳴く。
外はほとんど小降りになっているが、それでもアスファルトの上には水溜まりが出来、雨足が波紋を描く。

「仲間のところに行きたいのか?」
「にあ」

猫の頭を撫でて窓を開ける。
とん、と窓からアスファルトに着地をした猫はそのまま一目散に雨宿りをする猫の所へと走る。
せっかく拭いた毛並みが泥に塗れることも気にせずに。
仲間の元に走れば、柄の違う猫が駆け寄って来た猫の毛並みを舐めてやる。
それを嬉しそうに目を細めてされるがままになっていた猫は、こちらを振り返り、にゃあと鳴いた。
そっと手を振ると、二匹の猫は軒下を伝って駆けて行く。
その後ろ姿を、見えなくなるまで見送った。

「ただいまぁ!あーやべ、傘忘れたから濡れちまったぜ」
「ネロー!悪いがタオル持って来てくれ!」
「しょうがねぇな」

窓を閉めて踵を返す。
外が雨だなんて、どうでもいい気分になっていた。




+++++++++++

いやー素敵な物を頂いてしまいました(吐血)
結構前からネタ帳にこの話の種が書いてあったんですが、なかなか消化出来ず「えーい取り敢えず書いてネタ帳から消してしまえ!」
って勢いで書いたらギブアップ。
お手上げ状態のところをなまりさんに書いていただきました!
オチまで考えてくださって流石としか言いようがないです。
ありがとうございました!



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