兄弟


「ふーう……やっぱお風呂が広いといいよねえ……。」
「…親父くせぇぞ。」

今日はじろくんと銭湯に来てます。
日本の温泉文化は素晴らしいよね。家の狭い風呂でも間に合わせは聞くけど、広い湯船で足を伸ばせてこそリラックスするってものだ。頭にタオルを乗っけて一息つく。縁に腕と頭を預けて目を閉じていると、ザバリとお湯が波立った。

「先上がってるぞ。」
「え!?早っっ!カラスの行水!」
「お前が長過ぎるんだ。付き合いきれるか。」
「日本人の癖に!」
「関係あるか馬鹿。」

俺の文句も流してじろくんはさっさと上がろうとしている。

「ちょっと、上がっても良いけど帰らないで待っててよー!?」

銭湯に来るといつもこう。
いつもじろくんを待たせるのも申し訳ないから俺なりに急いでいるつもりだ。だけどじろくんが早すぎるんだ。結局待っていてはくれるけど何か落ち着かない。

…………まあ、後少しだけ。
そう思って、ずれたタオルをもとに戻した。



「はー、いいお湯だった。じろくんお待たせー。」
「遅い。」

ため息まじりに言われるけど、そんなことないよ。急いだよ。
お詫びにお風呂あがりに買ったコーヒー牛乳をすすめるが、そんな甘いもん飲めるかと断られた。

「フルーツ牛乳がよかった?」
「お前俺の話聞いてたか?」
「ウソウソ、冗談だよ。」

笑いながら牛乳瓶を煽る。
空になったものをゴミ箱に入れたところで、聞き覚えのある声に呼ばれた。

「メイノさん!?天名さん!?」
「……あら、沢田じゃん。珍しいねこんな所で。これから入るの?」
「あ、はい……実は家の風呂がエンツィオに壊されちゃって……じゃなくて!」

ズイ、と顔を寄せられる。
………何!?沢田今日いつもよりテンション高くない?

「メイノさんってお兄さんいるって言ってましたよね?お兄さんって何て名前ですか!?」
「え、えー……兄さん?兄さんは……、」

答えたところで、横から衝撃。

「メイノーーー!!!」

大の大人に思い切り飛び付かれて、そのまま床になだれ込む。普通に痛くて、文句を言おうと睨んだ先にいたのが。

「………兄さん!?何でいんの!?」
「それはこっちのセリフだ!なんで俺に黙って日本にいるんだよ!!」

兄さんはそう叫びながら俺の肩を掴み、ガクガクと揺さぶる。
…………さっき飲んだコーヒー牛乳がもどってきそうです。

沢田は「やっぱり」と何やら遠い目をしている。

「兄さんちょっとストップ!吐く!!………てか俺ちゃんと兄さんに言ったよ?“中学からは日本に行くね”って。」
「は!?俺記憶にねぇぞ!?」
「言ったってば。兄さんもわかったって言ってたし。………まあ、兄さん酔っ払ってたけどね。」
「覚えてるはずねぇだろーーー!!」

んなこと言われたって、俺はきちんと許可とったわけだ。大体俺のこっちでの生活費は家のお金なのだから、許可なしでとる程俺非常識じゃない。
兄さんは何でお前はきちんと説明しないんだ、と未だ俺を揺さぶり続けている。

「1年以上も連絡寄越さないでよ!心配になるだろうが!!」
「安全な日本で野垂れ死にするほどバカじゃないよー。」
「そういうことじゃなくて……!」

言いかけて、兄さんがうなだれる。
何で分かってくれねーんだ、とか責められたので一応ごめんね?と謝った。言うほど悪いとは思ってないけれど。

「……慈朗も…………メイノが世話になったな。」
「帰るぞ、メイ。」
「え、ああ。そうだねじろくん。」

散々待たされたせいもあるだろうが、それだけではなく明らかに不機嫌なじろくん。兄さんの呼び掛けには一切顔を向けない。
……これは、早く帰った方が良さそうだ。

「ごめんねー。じろくんてば俺に待たされて超機嫌悪いの。また今度ね。」

そのまま銭湯から出ようとするが、そこで引き下がる俺の兄ではない。頑なにそちらを見ないじろくんに、兄さんが肩を掴んだ。

「慈朗!待てよ、お前ともずいぶん久しぶりじゃねぇか!」

――――――あ。

「ダメ!じろくん!!」

叫ぶも遅く。
兄さんは壁に投げ飛ばされていた。最悪なことに受身を取れなかったのか、そのまま起き上がらない。沢田のひきつった声と…………そして。

「ロマーリオさん、銃を下ろして。こんな所で……誰に向けてると思っているの?」

どこからと現れた黒服集団。
咄嗟にじろくんを俺の後ろにやる。
皆がこちらに銃を向ける異様な光景に、周囲のざわめきが大きくなる。

「それは聞けない相談だ坊ちゃん。そいつは明らかにボスに敵意を向けた。俺達にはそいつを止める義務がある。」
「話が通じないな。ボスの弟である俺に銃を向けるつもりかと言っている。」
「通じてないのはそちらですぜ。分かっているだろ?こちらが狙っているのはその男の方だ。坊ちゃんが退けばいい話だ。」
「丸腰の一般人相手に、こんな所で騒ぎを大きくして何になる?銃を下ろせ。」
「丸腰の一般人?殺意も分からん程無能じゃありませんよ。」

冷や汗が背を伝った。
せっかくお風呂入ったのになあ、なんて場違いな思考を浮かべながら必死に気丈に振る舞う。………本気で発砲する気などない、と信じたいが。
沢田は兄さんを揺り起こしながら、リボ先生に「止めてくれよ」と必死に交渉している。
優しい子だなあ、沢田は。巻き込んでごめんね。
多分、先生はキャバッローネの揉め事には手を出せない。……それに、ボスに手を出したこちらに非があるのは明らかなのだ。

…………どうしよう、どうしよう。

呼吸が浅くなる。
じろくんが俺を退けて前に出ようとしているのに気づき、手をきつく握った。
お願い、下がってて。そう願いを込めて見た顔は何だかぼやけて見えた。

どうにか、しなくちゃ…………。

「いってー!リボーン、お前起こすにしてももっと優しく起こせ!たんこぶできただろ!?」
「んな事言ってる場合か。状況見ろ。」

場に似つかわしくない明るい声が聞こえて、全員の視線がそちらに向かう。

「………………兄さん、」
「――ってお前ら何やってんだあぶねーだろ!?」

ボスの言葉でやっと銃口が下を向いた。
緊張し過ぎて、肺に空気が送られていない気さえする。ド、と顔が熱くなる。目眩がするよ、もう……。

「悪かった。」

ふらりとじろくんに寄りかかれば、小さくそう言われた。

「考え無しだった。すまない。」
「考え無しってか、頭真っ白だったでしょ。もう……。」

もう駄目だ、頭痛い。
深くため息をついてもはや全体重を預ける。

「お前ら悪かったな!久しぶり過ぎてはしゃいじまってよー!」
「……別に、兄さんが、謝る事じゃないよ。こっちが、ごめん。
………ほら、じろくん。」
「………………………悪かった。」





―――何なんだろう、これは。
目の前で起きた事が整理できない。
会って間もない俺が言うのも変だけど、少なくとも俺が見た天名さんは、こんな……急に誰かを投げ飛ばす人ではなかったはずだ。
怖いけどある程度常識的な人というのが、俺の天名さんに対するイメージだ。
それに、ディーノさんの部下の人達が……あの陽気な人達が、メイノさん達に躊躇いもなく銃口を向けるなんて。

重々しい空気の中、ディーノさんだけが努めて明るく振る舞っている。メイノさんの顔色は遠くから見ても悪い。
………大丈夫なのだろうか。いや、普通銃を向けられて普通の精神でいられないだろう。獄寺くんや山本を見ているせいで俺も毒されてしまっている。

心配だけど掛ける言葉が思い付かなくて、ただ遠くから見ることしかできない。
そんな俺の視線に気づいたのか、こちらを見たメイノさんがヘニャリと微笑んだ。いつもと違い、不自然な、下手くそな笑い方だ。

「沢田、ありがとう。先生も。」

呟かれた言葉に、何だかとても泣きそうになった。だって、俺は何もできなかったのに。
覚束無い足で去る二人を、俺はただ呆然と見ていた。
リボーンは帽子を深くかぶり俯いていた。

「悪かったな、ツナ。
俺、昔から慈朗には嫌われてんだよ。」

ディーノさんは困ったように笑って言う。

「……それって、どういうことなんですか?」
「初対面の時からな……原因は俺もわからない。
何でだろうな……あいつ、メイノとは昔から仲が良いのに。」

二人がいるときは頑張って明るくしていたのだろう。今はしょんぼり萎れてしまっている。

初対面の時からってことは、天名が直接ディーノさんに何かされたという訳ではないだろう。
メイノさんがディーノさんについて何か言ったのか…………でも、メイノさんはディーノさんのこと嫌いじゃなさそうに見えたけれど。

「俺も原因がわかれば、謝るとか話し合うとかできるのによ……。
だから、二人が家から出た時……本当に嫌われちまったのかってずっと不安だった。」

かなり参っているらしく、笑顔にも覇気がない。ファミリー思いのディーノさんだ。弟と、その友人に嫌われるのは相当きついだろうとわかる。

「お前は悪くねーぞ。」
「リボーン……慰めてくれてるのか……?」
「そうじゃねえ。事実だ。」
「はは、嘘でも言い切ってもらえると気が楽になるな……。」

………遅くなっちまったが、風呂入るか。
そう言って足を進める。脚付きはとぼとぼしていたが、顔は前を向き振り返らない。
この話にはもう、触れない方が良いのだろう。






「………お前は悪くない。
が、無知は罪に見える事もある。…………知っていながら放置した俺よりはマシだがな。」

リボーンの誰にも向けない呟きは、俺達にも届かなかった。








「ねえ、じろくん。」
「………ああ。」

沢田たちと別れてから、ずっとじろくんは無言で俺を引いて歩いていた。

「………兄さんの事、許してないんだね。」
「……あいつが昔何したか考えれば、わかんじゃねえのか。」
「兄さんは何もしてないよ?」
「何もして“くれなかった”の間違いだろ!?」
「できなかったんだ。兄さんは何も知らなかった。それだけ。
……むしろ、悪いのは、」

全て言い切る前に、振り向き様に襟元を掴まれる。それ以上言うなと訴える顔は泣きそうなものだった。そんな顔、させたい訳ではないのに……。

「知らなかったら許されるのか?………じゃあ、あいつ……あのクソガキはどうなる!?あいつは全て知ってたんだぞ!?」
「先生には立場があるんだ!先生にどうにかできる問題でもなかった!仕方ないんだよ……………じろくん、もう止めようよ。
つらくなってしまう。」

じろくんがギリ、と歯を食いしばる。
襟元を掴んでいた手が肩に移される。まるですがっているようだ。

「―――っそれでも!そう簡単に許せることじゃねぇだろ!」
「じろくん!」
「俺はお前みたいに割りきれない。」
「分かる……分かるよ。俺が許す許さないを語って良いものじゃないよね。」
「分かっていない!
どうして、お前がそんな事を言う!?」
「だって…………でも、今回も助けてくれたじゃない。悪い人ではないの、分かるでしょう?」
「助けた……?差を見せつけたの間違いだろ!
お前も分かっているくせに。 ファミリーを次ぐ者とそうでない者とで、こんなにも違う……!」

肩に乗った手が強く握られる。俯いた顔がどんな様なのかはわからない。

「じろくん……!
―――選択を間違ったのは、俺だ……!」

その言葉を最後に言い返されはしなかった。
沈黙。
先程までの言い合いが嘘みたいに思う程の。
しかし、すぐに言葉を間違えたのだと気づく。勢いよく上げた表情が、それを如実に表していた。
肩に乗った手がするりと落ちる。

「じろくん、ごめ、」
「酷いことを言う。
ああ、そうだ。お前の言う通りなのだろう。」
「ちがっ―――」
「………頭を冷やしてから帰る。
先に戻っていてくれ。」

今度は俺が手をのばすが、じろくんが振り返ることはなかった。

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