魔王に捧ぐ硝子の花 | ナノ


※戦闘・残酷描写があります。
 苦手な方は、後編の冒頭に前編のあらすじを載せてありますので、そちらをどうぞ。




 ロンロン牧場の高い塀の脇を横切ったところで、馬を駆るガノンドロフの目にかつてのハイラル城下町の門が見えてきた。道がぬかるんでいるせいであまり速さは出せないが、この分なら太陽が真上にかかる頃には城内に戻れるだろう。
 彼は腕に抱えた女にちらりと目を向ける。力なくガノンドロフの胸に体を預けたナズナは、先程から荒い呼吸を繰り返すだけで一言も言葉を発さない。今すぐにどうにかなることはなさそうだが、ただの風邪でもこじらせれば命を脅かす凶悪な病と化す。そうやって弱い人間が命を落としていくのを、彼は幾度か見たことがあった。
 馬の脚を少しばかり速めようとしたその時、不意にピリッとした殺気を感じた。考える前に手綱を離して魔力を纏わせた腕を振るい、左手から飛んできたものを弾き飛ばす。折れて二本となった矢が、乾ききらぬ草地にくぐもった音を立てて跳ねた。
 ガノンドロフは脚の力だけで馬を御しながらそれと思しき方向に手をかざす。すると次々と飛来した矢が魔力の障壁に当たって弾き返された。
 彼は馬を後ろ足で立ち上がらせてその場で反転させる。殺気の飛んでくる方向を睨み付けていると、矢の飛んできた方向にあった三つの大岩の影から複数の人影が飛び出した。――五人だ。

「チッ、仕留め損ねたか」

 彼らは腰の剣を抜き放つと、憎悪に歪んだ眼差しで一斉に馬上の魔王へと斬りかかってきた。

「魔王ガノンドロフ、ここが貴様の墓場だ!」
「よくも俺達の同胞を……!」

 怒りに満ちたその叫びから察するに、どうやら彼らは昨日ガノンドロフが殲滅したはずの反抗勢力の生き残りであるようだ。恐らく、物資の補給か斥候で出払っていて運悪く襲撃を免れたのだろう。
 ――それにしても、なんとも間の悪い。ガノンドロフは苛立ちのまま眉を寄せる。片手が塞がれ武器もないこの状態でも相手取るには支障ない数だが、何も急いでいるこの時に現れなくてもいいだろうに。
 そんなことを思いながらも、ガノンドロフは手のひらに魔力を集中させる。羽虫ごときを相手にするのは煩わしいが、このまま馬の脚に任せて駆け抜けようとは思わなかった。この程度の相手に背を向けるなど、魔王の矜持が許さない。

「――図に乗るな」

 攻め寄せる男たちに腕を突き出し、魔光弾を放つ。それに吹き飛ばされた三人のうち、二人の四肢が叩き込まれた魔力に耐えきれず千切れ飛ぶ。――まずは二人。仲間の凄惨な最期に怯んだ別の一人を並外れた巨体を持つ黒馬の体当たりで打ち倒し、その蹄で鉄兜ごと頭蓋を踏み砕く。――三人。血の臭いに興奮した馬を抑えつつ、ガノンドロフは剣を振りかぶる獲物の腹を炎を纏わせた足で蹴飛ばす。術者本人の意思以外では決して消えない魔力の炎に、男はこの世のものとは思えない長い絶叫を上げてのたうち回り、やがて動かなくなった。――これで四人だ。
 ガノンドロフは最後の生き残りに目を向ける。最初に魔光弾で打ち払われながらも、なんとか耐えきった青年だ。

「ほう」

 彼は感心したように顎を持ち上げる。青年は身の内で荒れ猛る魔力に抗い、自力で立ち上がったのだ。とはいえ、すでに半死半生のありさまだったが。惜しいな、とガノンドロフは内心で呟く。せめてもう少し頑丈であれば、ツインローバに洗脳させて手頃な駒にでもできたものを。
 青年は五体にぱっくりと開いた無数の傷口から血を流しながら、ガノンドロフを憎悪の眼差しで睨む。と、その目が不意に大きく見開かれた。ガノンドロフが視線の先をたどると、そこには自らが抱きかかえる女の顔があった。

「ナズナさん……?」

 青年は痛みを忘れたかのように呆然と立ち尽くす。知り合いか、とガノンドロフは彼女を抱く腕の力をわずかに強める。
 思えば、勇者一行と反乱軍はどちらも魔王を討たんとする者同士である。この二人が何かの縁で顔を見知っていても別段おかしくはない。
 青年は何が起こっているのか分からないとでも言いたげな表情で、怨敵の掌中に囚われたナズナを凝視している。力なく閉ざされた瞼、苦しげに呼吸を繰り返す半開きの乾いた唇、身をくるんだマントの裾から覗く白い素足。
 それらの意味するところをどう取ったか、青年の瞳が突如怒りに燃え上がった。

「彼女に、ナズナさんに何をした!」

 ――甚だしい勘違いである。だが、それを煽るのもまた一興。ガノンドロフは小馬鹿にしたように鼻を鳴らし、なだらかな彼女の頬にするりと指を滑らせると皮肉混じりに唇の端を持ち上げる。

「さて。……何をしたのだろうな」

 意味深長なその言葉に、青年は激昂した。

「貴様ぁ!」

 彼は全身を苛む痛みを物ともせず、血で滑る両手でしっかと剣を掴み、雄叫びを上げながら駆け出した。
 無謀にも立ち向かってきた青年に向かってガノンドロフは軽く腕を振るう。放たれた魔光弾をまともに受け止めた青年は、頭部を呆気なく吹き飛ばされてどうと倒れる。――今度こそ、もう動くこともあるまい。腕を下ろしたガノンドロフは、倒れ伏した首なしの死体を冷然と見下ろす。

「――ふん」

 この青年とナズナがどういった関係であるかは知る由もない。だが、青年が彼女に懸想していたことは、あの激昂ぶりから容易に推測できる。何にせよ、その青年はとっくに無惨な死体となって草地に転がっているのだが。じわりじわりと血の池の面積を増やすそれを眺めるガノンドロフの口元に、ゆっくりと歪んだ笑みが広がっていく。
 青年は想いを寄せていた女を悪漢から取り戻すことができずむごたらしく死に絶え、女は青年を殺した当人に何も知らず身を委ねている。その事実に運命の皮肉を感じると同時に、彼は暗い喜びを覚えたのだった。





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