参・おてらのおしょうさん



「せっせっせーっのよいよいよい……」

虚しく何も無い空間を叩いた手を見つめながら、夕方前まで遊んでくれた村田様のことを思い出す。

彼は既に回復した鎹鴉の伝令を受けて、鬼の情報を元に出立されていた。
こちらの方面に来ることがあったらまた寄って、違う手遊び歌を教えてくれると……また、あのゆびきりをした。触れた箇所は未だに温かい。

サラサラとした綺麗な髪が特徴的な人だった。
優しくて温かい人だった。
普通の、その辺にいそうな……。

その瞬間にぽろぽろと涙が零れ落ちる。

使用人たちに気づかれる前に涙を止めなくては。
私はこの家の主なのだ。

両親を早くに流行病で失い、先日祖父が亡くなってから、一人ぼっちだけれど。
ずっと昔からいる使用人たちが私に残された唯一の家族。

だから、彼らをガッカリさせる訳には行かない。
しっかりとした主でなければ。



「……お嬢様……ーーんん、当主様」

「……春山さん」

声をかけられて、振り返れば初老ぐらいの年齢である春山さんだった。
無精髭をぼりぼりと恥ずかしそうにかきながら、彼は村田様が教えてくださった「おてらのおしょうさん」を知っているとの事。

「私でよろしければ、一緒に遊びましょう」

そしてそう言ってくれたのだ。

「……ありがとう」

私は嬉しくて、でも見られていたことが恥ずかしくて、真っ赤になって俯きながらお礼の言葉を口にする。

「いいえ、お嬢様はもっとわがまま言ってくれていいんですよ。あ、いやご当主はっ」

ーー『夢ちゃんは、可愛いんだからもっとわがまま言ってくれていいのよ〜!』

「……っ?」

春山さんの言葉に被るように、祖父が生きていた頃に言われたセリフを思い出した。

温かくてふわふわとした優しい気持ちになる柔らかい声の主が記憶に過ぎる。

黒くて長い髪がとても美して、蝶々型の髪飾りがとても可愛らしい人だった。

私のことを気にかけてくださった優しいあの人は、後から花柱様だったと聞いたことがある。

あの人は元気だろうか。
確か名前はーー

「胡蝶……カナエ様……」

「?夢お嬢様、いや当主?」

私がぽつりと呟いた名前は、春山さんの耳には届かなかったみたいだ。

そう言えば、胡蝶様には妹さんがいらっしゃった気がする。
その人の名前は何だったかと考えながらも、手遊び歌で遊んでくれた春山さんとのやり取りですっかりそのことは頭の中から出ていっていた。

彼女ーー蟲柱の胡蝶しのぶ様に再会するまでは。


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