弐・ゆびきり
その日は朝方に鬼狩り様の来客があった。
なんでも道に迷って、もう二日も何も口にしていないのだと、その鬼狩り様はぐったりと項垂れていた。
鬼狩り様が必ず連れらている鎹鴉も弱っていて、私は使用人たちに温かいご飯を作るようにと命令する。
「食事ができるまで、湯浴みされませんか?」
「え、あ、助かる……助かりますっ」
うっかりと言った感じで、素が出ていらした鬼狩り様に少し口元が緩んでしまった。
彼の気持ちは分かる。
十歳の子供に敬語を使う方が難しいだろう。
お水を沢山飲んで水分補給はされていたので、短時間なら湯浴みも身体には障らないはずだ。
それにきっと鬼狩り様は、お腹が減っているのは勿論だが、ベタベタとし始めた髪も気にしていらっしゃるように見えた。
私の予想通り、嬉々として湯浴みに向かわれた鬼狩り様の後ろ姿に思わず笑ってしまう。
それから部屋の一室を用意して、温かい食事と清潔な布団を部屋の隅に敷いて用意した。
お風呂場から戻られた鬼狩り様は大変驚いた様子だったが「ありがとう、いただきますっ」と口にして、物凄い勢いで食べ物を口の中に放り込む。
少し濡れた前髪はとてもサラサラと輝いていた。
「あー、ご馳走様でしたぁ!」
泣きながら叫ぶように手を合わせると、彼は時刻を確認する。
それからチラリと鎹鴉と布団を見比べて、喉を鳴らした。
「キュウソク、キュウソク〜」
「よっしゃぁあっ!」
鴉のセリフにガッツポーズを決めると、嬉しそうに布団の上へとダイブする。
「……それでは鬼狩り様、ごゆっくりお休み下さいませ」
「あ、俺は村田だよ」
「……?」
私が首を傾げると、鬼狩り様ーー村田様は慌てたように手をバタバタさせた。
「い、いや、その、鬼狩り様っての、落ち着かないというか」
「……村田様」
「うわぁ様付け……」
「これは譲れません」
私がキリッと表情を引き締めると、村田様は可笑しそうに笑われた。
「……君はーー」
「……藤埜夢でございます」
「ーーありがとう!夢ちゃんも歳にあった表情をするんだね」
夢ちゃん、と気軽に呼ばれて驚いた。そしてそれよりももっと驚いたのは違う言葉だ。歳にあった表情とは……。
私はそれほどまでに子供らしくないのだろうか。
「……家督を継ぐため、あまり子供らしい遊びをしたことがないからだろうか……」
少しショックもあって、しょんぼりと私は知らぬ間に心の声を漏らしてしまっていた。
「仮眠させてもらってからだけど、あとで手遊び歌くらいなら教えられるよ!」
「……手遊び歌……」
「うん!約束だ」
サッと差し出された右手の小指。
あぁ、これは知っています。
小指と小指を絡めて、ゆびきりげんまん……約束。
「……おやすみなさいませ」
そっと襖を閉めて、縁側から見える中庭の藤を見上げる。
胸の奥が温かい。
……やはり、鬼狩り様は偉大だ。