零・藤埜夢
私の家は代々鬼狩り様の手助けをしている家だ。
藤の花の家紋を掲げ、大昔に一族を救っていだいたご恩をお返ししている。
藤の花の家紋を持つ家は、私の所以外にも幾つか存在するそうだが、他の家々とは交流したことがない。
ただひっそりと、訪れて来られる鬼狩り様の怪我を治療する医者を呼んだり、お食事を用意したり、寝床を提供する。
無償で続けるそれを疑問に思ったことは無い。
血の記憶、とでも言うのだろうか。
私たち一族は、大昔の同じ記憶を共有していた。
それは断片的であり、だけどもまるで昨日起こった事のような、そんなはっきりとした記憶。
鬼という異形の者に襲われた恐ろしい記憶を語ろうとすれば、私ではないのに震えが止まらなくなる。
そんな理由で、私たち一族は自らの命があることに感謝し、鬼狩り様に僅かでも休息を……と、今日も藤の花の家紋を掲げ続けるのだ。
庭にある一本の大木。
その枝から見事に咲き乱れる藤の花は、藤襲山と同じように年中狂い咲いている。
はじまりの剣士様に頂いた大切な苗は、それはもう今は見事で。
手のひらに収まった淡い紫色の花弁を見つめ、そっとそれに口付けを落とした。
顔を上げ手のひらを開けば、そっと風がその花弁を攫っていく。
ーー私は藤埜夢。
齢十にして、この藤埜家の家督を本日より継ぐことになった者だ。
今日この時より、我が家を訪れた鬼狩り様の記録を後世のために残していくことにする。