三・後藤
──パチッと目が覚めた。
俺は何をしていたんだっけ。
ぼんやりとそんなことを考えながら、見知らぬ天井に眉根を寄せる。
記憶を手繰り寄せ、鬼殺隊士の後処理をいつものようにやっていたところまでは思い出せた。
そして仲間たちと慌ただしくしていたら、鬼が出たのだ。
途端に身体が震える。
そして身体中痛いことに気づいて。
あぁ、俺は生きてるんだなと思った。
「……あのー」
「はい」
俺の声に振り向いたのは、歳は十歳くらいの女の子だ。
黒くて長い髪がさらりと揺れて、人形みたいな女の子だと思った。
「……俺、まだここに滞在させてもらってもいいんですか、ね?」
「はい、大丈夫ですよ」
「……こういうの、初めてだから」
自分は回復が早かった、というか、思いの外ほかのメンバーよりも軽傷だったのだろう。
運が良かった。
そう思いながら女の子の返答にポリポリと頭巾の上から頭をかく。
「……お食事になさいますか?」
「え!あ、お願い、しますっ」
と、同時に盛大に俺の腹が鳴った。
おいおい、笑われてんじゃねぇか。
お前、もう少し空気読めよ。いや音をどうにかしろよ。俺の腹の虫。
「……っ、も、申し訳ございません」
申し訳なさそうに口元を手で抑えて、頭を下げた女の子にふるふると首を横に振る。
「いやぁ、俺もさすがに笑っちまうと思うし…」
「……こほん。それでは隠様。こちらです」
「あー……」
隠様……。
そう言われて気色悪いなと思った。
だからどうにか出来ないかなと頭を捻る。
「……俺、後藤っていうんすよ」
「……後藤様?」
「あー、様もいらないんだけどもー」
「それは出来かねますね。後藤様」
「はぁ。マジか……」
なんとか妥協案を、と思ったが、キリッとした表情で様付を諦めない女の子に面倒くさい子だなと思う。
何をそんなに頑なに背伸びをしているんだか。
「……お嬢ちゃんは……」
「私は……藤埜夢と申します」
「藤埜か。夢って呼んだ方がしっくりくるな……よし夢」
「は、はいっ」
そして初めて。
女の子の人形みたいな表情が崩れて、ピシッと背筋を伸ばした様子がとても人間らしくて。
年相応の女の子の表情を垣間見た気がした。
「……俺は、ざる蕎麦の気分です。どちらかというと天ざるを所望します」
俺がそう言うと、今度は呆気に取られたのかアホみたいに口を開けたまま突っ立っている。
……面白い。
なんだよ、初めからそうやって生き生きと表情を帰ればいいのに。
わはは!と声に出して笑いながら、夢の背中を叩く。
俺の力加減の無さにビックリしたのか、背中が痛いのかわからないがちょっとだけ噎せていた。
「悪ぃ。あまりにもお前が年不相応だから、からかった!あ、でも食べたい気分なのは本当だけど……ははは」
そうやって目を細めたら、夢は恥ずかしそうに、でもどこか嬉しそうにはにかんだ。
慣れないような笑い方で、口角を釣り上げる。
不器用なその笑みに、ここにお世話になっている間は、兄のように接してみようとふと思う。
亡くなった家族の面影を思い出し、そっと俺は息を吐き出すのだった。