二・村田
「食事ができるまで、湯浴みされませんか?」
「え、あ、助かる……助かりますっ」
そう慌てて言葉を続けたら、俺より遥かに小さなその子はクスリと大人っぽい笑みを零した。
思わず自身が恥ずかしくなる。
だが、それより風呂だ。
もうここ何日も水だけで過ごしていたし、変な洞窟で下級の鬼を倒してから、ずっと風呂に入れていない。
俺の自慢の髪も荒れ放題である。
俺が嬉々として湯浴みに向かうからか、またあの少女に小さく笑われた気がして、とても恥ずかしかった。
風呂から戻ると、布団と食事が用意されている。
あぁ、藤の家紋の家万歳!!過去の鬼殺隊の人達、この人の家を助けてくれてありがとう!おかげで俺は風呂にも食事にも寝床にも預かれます!と泣きそうになる。
「ありがとう、いただきますっ」
ものすごい勢いで食事に手をつけた。
どうやら家督らしい、あの少女がじっとそんな俺の様子を眺めていたけど、気にせず無我夢中で口の中に放り込む。
「あー、ご馳走様でしたぁ!」
それからお膳の上を空にして天井を仰いだ。
マジで生き返ったァ!
時刻を確認。
まさかこのまま他の鬼を退治しにいけとは言わないよな、と恐る恐る鎹鴉を見る。
それから今すぐに飛び込みたい布団を。
「キュウソク、キュウソク〜」
「よっしゃぁあっ!」
腕を上げて俺は布団に飛び込んだ。
うおぉ、何日ぶりのまともな布団……!
柔けぇ、ありがてぇ……!
「……それでは鬼狩り様、ごゆっくりお休み下さいませ」
は!と俺はそこでまだあの子が部屋の中にいたことを思い出した。
突然襲ってくる羞恥心に瞳をキョロキョロさせながら、襖を閉めようとしている彼女に声をひねり出す。
「あ、俺は村田だよ」
「……?」
キョトンとした顔で俺を見た少女は、その時初めて年相応な感じがした。
それから彼女が首を傾げてじっと俺を見るもんだから、慌ててバタバタと手を振る。
「い、いや、その、鬼狩り様っての、落ち着かないというか」
「……村田様」
「うわぁ様付け……」
「これは譲れません」
真面目な顔でキリッとした少女は口調と同じように大人ぶってて。
そう、無理して繕っているその表情にふっと笑いが込み上げてきた。
「……君は──」
「……藤埜夢でございます」
「──ありがとう!夢ちゃんも歳にあった表情をするんだね」
そう俺が笑ったからか、彼女はむむむっと表情を固めて難しそうな顔をする。それがまた可愛くてなんだかずっと見ていられるなぁなんて思った。
「……家督を継ぐため、あまり子供らしい遊びをしたことがないからだろうか……」
それからポソりと呟かれた台詞に思わず吹き出す。
難しい顔をして考え込んでいた彼女は何も気づかなかったようだ。
「仮眠させてもらってからだけど、あとで手遊び歌くらいなら教えられるよ!」
「……手遊び歌……」
「うん!約束だ」
不思議そうな顔をしながらも、少しだけ頬を紅潮させた夢ちゃんはやはり年相応で。
懐かしい自身の記憶が仄かに甦った。
生きていたら……
そう思った人物に頭を振る。
もう手遅れだ。そんなことは有り得ない。
だからこそ、俺は鬼殺隊に入ったのだから。
だけど、目の前の少女はまだ生きていてここにいて。
そう思ったら、この不器用な生き方をせざる得ない少女が愛しくなる。
サッと差し出した右手の小指に絡まった夢ちゃんの小さな小指に笑みが零れた。
「……おやすみなさいませ」
それからその指を見ながらぼうっと襖を閉じた彼女にまた笑ってしまう。
……俺なんかが上弦の鬼を倒すことなんてできないけれど。
君の笑顔を増やす手伝いくらいは出来るんじゃないかなと。
そう思った。