拾壱・砕ける



「なぁ夢。これをそいつに」

怪我した子犬が我が家の新たな家族になってから二日が経過した。
未だ帰らぬ岩柱、悲鳴嶼様を待ちつつ、修行の鍛錬をしている玄弥様が私の背後に立つ。

「そいつではなく、アケボノです」
「ん、じゃあアケボノに」

そう言って手渡された物は木の枝に糸で鞠がぶら下がった玩具だった。

「……アケボノは猫ではないですが」
「子犬だから遊ぶかなって」
「まぁ、ものは試しに」

木の枝を持ち、アケボノの目の前で鞠をコロコロと転がす。
興味津々といった様子でアケボノはその白い体を揺らしながら、鞠にじゃれつき始めた。

「……ほら」

どうだ、いけただろう?と言って表情で私を見てくる玄弥様に小さく頷く。

「……ありがとうございます」

私の小さめのお礼に玄弥様はにぃっと歯を見せ、目を細めながら笑われた。
どこにでも居るような少年の笑顔だった。

「……俺な、兄弟たくさんいてさ」

ポツポツと話し始めた玄弥様の視線は、地面の上で転がっているアケボノ。

「……夢を見てると、妹を思い出した」

「そうですか……」

くしゃくしゃと撫でられた手は、粗暴な動きだったけど、嫌じゃない。むしろ、その手つきでさえ優しく感じてしまう。

「……髪が乱れますっ」
「はは」

だけど恥ずかしくなって俯きながら言ったら、大きな声で笑われた。

またあの優しい笑顔で笑ってくださっているのだろうかと思ったけれど、自分の顔が熱くて玄弥様を見上げることが出来ない。
そっとアケボノの白い腹を撫でる。


──初めてこの屋敷にやって来られて夜と比べれば、玄弥様は雰囲気が変わられた。
いや、元々このような性格なのだろう。
彼を何が変えたかと問われれば、きっと……鬼だ。





「玄弥、夢」

「悲鳴嶼様……お帰りなさいませ」
「ご無事で何よりです」

その後、庭でアケボノと遊んで過ごしていた私たちの元に、悲鳴嶼様が帰ってこられた。
さっきまで温かな声で笑っていた玄弥様の顔つきが変わる。
どこか緊張した糸を張り巡らせているかのような、そんな切羽詰まった表情だ。

「……玄弥、肩の力を抜いていい」

悲鳴嶼様がそうふっと表情を和らげ、玄弥様の肩を叩く。

「明日の朝、出立する」

「はい」

それから私を見てそう言った悲鳴嶼様にそっと頷いた。



──これからどうなるかは分からないが、もし……もし、可能ならば、また、玄弥様にアケボノを撫でてもらいたいと、そう切実に願ったのだ。




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