拾弐・騒音
「嫌だァァァあ……!」
そんな声が屋敷の外から聞こえてきたのは、悲鳴嶼様と玄弥様とお別れしてから数日経ったある日のこと。
アケボノの体躯が一回りしっかりとしてきて、庭で駆け回る姿を微笑ましく眺めていた昼下がりだった。
「だめ!もう、もう無理!吐く、吐いちゃいますっそしてこのまま行ったら確実に死ぬ!だから一旦休憩!ねっ?!一日でいいから!俺もう絶対一歩も動かないからぁ!」
「チュ、チュチュン……!!」
「うるさいよ!雀のくせに可愛くないよ!人の頭をそうやってつついてつついてつつきまくってさぁ!!いいですか!俺は怖いの!もう無理なの!お腹も空いたし、水分補給もしたいわけでぇ!!」
わぁーっと一人で泣き叫んでいる人の声の合間に聞こえる「チュンチュン」という可愛らしい声が気になって門を少しだけ開けた。
その瞬間、門の前に蹲っていたらしい人は、音に驚いたのか「うぎゃあぁあっ!!」と叫ぶ。
「わ、お、驚かせてしまってすみません……鬼狩り様……」
三角座りで鼻水を垂らしながら、雀と言い争っていた人は私を見てまた「ぎゃあぁあ!」と発狂された。
これには流石に私も目を剥くほど驚く。
だって鎹鴉ではなく雀を連れている鬼狩り様は初めてだったし、さらにこれほどまでに騒がしい方は生まれて一度も目にしたことがなかった。
「可愛い可愛い可愛い!なんてキュートな女の子なんだろう!お、俺は我妻善逸です!てかここ藤の家紋の家じゃん!!ひゃー、俺ついてるぅう!すみません、泊まらせてくださいっ!」
ぎゅうっと、私の手を握って必死な形相で我妻様はそう言われる。
あまりの早口と怒涛の勢いに目を白黒させるしかなかったが、その彼の台詞の間ずっと我妻様の頭をつついている雀さんが気になった。
「……ええ、鬼狩り様のお役にたてるのは本望です」
「ありがとううううーぅ」
ブンブンと握られた手を上下左右に振られる。思わず体も一緒に振られてしまった。
「可愛いお嬢さん!お世話になる前に君のお名前を教えて貰えますか?!えへ、えへへ」
「私は藤埜夢と申します。我妻様」
「ぎゃあぁ!!夢ちゃんだって!可愛い名前だね!そして、我妻様とかやばい、ありがとうございます!ひょあー!!でもでもっ、善逸でいいよぉお夢ちゃあんっ」
案内している間もずっと私の手を握ってさすさすと擦りながら離さない我妻様に冷や汗をかきつつ、耳の奥まで突き刺すような大声に思わず苦笑する。
「では善逸様」
「ぎゃぁあぁあぁあっー!!」
名前を呼び直したら、仰け反ったま後ろに倒れられてそのまま両手と足で腹部を天へと突き上げられた。
驚きはしたが、やっと解放された右手を左手で擦る。
「嬉しいぃーっ!」
……喜びの表現だったのか。
血の記憶の中にも存在しない、騒がし過ぎる鬼狩り様に少しだけクスッと笑ってしまった。
この記憶が私以降の一族に引き継がれると思うと、どこか心踊ったのだった。