伍・隠とは



しのぶ様に色んな童謡を教えて頂いた。
少しの間だったけれど、とても楽しかった。
しのぶ様も私の頭を優しく撫でてくださって、遊んでくださった間は、ほんの少し雰囲気が和らいでいたようだ。

だけども、それも日が傾き始めた頃には元に戻る。すっと瞳の色が変わり、表情は笑っているのにもうそれは笑顔ではなかった。

「ご武運を」

切り火をして、しのぶ様の無事を祈る。
しのぶ様は振り返ることなく「隊士たちのこと、よろしくお願いします」とだけ私に囁いた。

夜の闇が一層濃くなり、こんなにも美しい月は久しぶりだと思う。

この下で、今日もこの国には血を流している人がいる。
誰かに知られることなく、鬼を狩り続けている人たちがいる。

そして……

鬼を生み出し続けている者がいるのだ。

私はギリッと、歯を食いしばった。
私は戦う術を持たない。
私は弱い。
だからせめて、私の代わりに戦ってくださっている方々の手助けをしたいと強く思った。






「……あのー」

「はい」

振り返ったら、そこに居たのは今朝運ばれてきた隠の方の一人だった。
一番軽傷で、回復の早かった人。

隠の方は目元しか見えないから、なかなかその人だとは断言できないが、特徴的な目元だったので恐らくそうだろう。

「……俺、まだここに滞在させてもらってもいいんですか、ね?」

「はい、大丈夫ですよ」

「……こういうの、初めてだから」

基本、隠の方が藤の家紋の家にお世話になるのは、とても珍しい事らしい。
ポリポリと頭巾の上から頭をかくと、彼はふぅーっと息を長く吐き出す。

「……お食事になさいますか?」

「え!あ、お願い、しますっ」

そして盛大にぐぅっと彼の腹の虫が鳴ったので、つい笑ってしまった。

「……っ、も、申し訳ございません」

笑ってしまったことを謝れば、彼はふるふると首を横に振る。

「いやぁ、俺もさすがに笑っちまうと思うし…」

「……こほん。それでは隠様。こちらです」

「あー……」

他の隠の方々が眠っている部屋ではなく、別のお部屋へと案内しようとしたら、彼は面倒くさそうな顔をした。といっても、目元だけの判断ですが。

「……俺、後藤っていうんすよ」

「……後藤様?」

「あー、様もいらないんだけどもー」

「それは出来かねますね。後藤様」

「はぁ。マジか……」

元々は口の悪い方なのだろうか。
彼ーー後藤様の口調がだんだんと雑になってきているような気がした。

「……お嬢ちゃんは……」

「私は……藤埜夢と申します」

「藤埜か。夢って呼んだ方がしっくりくるな……よし夢」

「は、はいっ」

後藤様に呼ばれ、ぴしっと背筋を伸ばしたら彼の真剣な瞳の視線と絡まった。

「……俺は、ざる蕎麦の気分です。どちらかというと天ざるを所望します」

あっけらかんと口を開いたままにしていると、わははっと後藤様の手が私の背中を叩いた。

「悪ぃ。あまりにもお前が年不相応だから、からかった!あ、でも食べたい気分なのは本当だけど……ははは」

目を細めて明るく笑う後藤様に、私はなぜだか彼が憎めなくて、そしてなんだか嬉しかった。

もし、もし……私に年の離れたお兄さんがいたら、後藤様のような明るい人が良いなと、そんな馬鹿なことを願ってしまうほどに。


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