ただこの手を離したくなかった
「跡部様たちどこに行ったんだろう……」
「あの人たちは目立つからすぐ見つかるだろ」
跡部さんたちと何故か遊園地にくるはめになったが、そこに夢野もいて目的はこっちかとため息をついた。
それでパレードを見てたときにはぐれたわけだが、いの一番に跡部さんの名前を出した夢野にイラッとする。
「そうだよね……あ!若くん、見ちゃダメだ!」
突然、回れ右して!と叫んだ夢野の背後の建物を見たら、口角がニヤリと上がってしまった。
「ひぃぃっ、若くんの顔が恐い!」
「失礼なことを。……とりあえず入るだろ」
「嫌だ!!」
だから回れ右してって言ったのに!などと喚いている夢野を無視して手首を掴んで入り口まで引っ張っていく。
この遊園地のお化け屋敷は確かいわく付きだった。脅かす役の従業員がよく気分悪くなるとか。たぶん、霊感の強い人間なんだろう。
「若くんの考えていることがわからないのに、ここに入っちゃダメだと誰かが私に告げている!」
「夢野。お前霊感少女だったのか。ならいけるな」
「いけないよ?!人の話聞こう?!」
ぎゃあぎゃあ喚く夢野にふっと口元が緩む。
面白くなかった気持ちが今は綺麗さっぱりどこかに吹き飛んでいた。
「よかったな。次だ」
「全然よくないよ!あと、痛い!」
逃げないようにずっと掴んでいた手首を痛いと訴えられてパッと離す。
確かに夢野の白い肌が少し赤くなっていた。
「……悪かった」
目を伏せれば、夢野が脇腹をつついてきて。
次のグループの方こちらにと呼ばれたのに変な声をあげてしまった。
「お前……っ」
「ほらほら入るんでしょ」
順番が回ってきたから諦めたのか、逃げなくなった夢野に背中を押されて息をつく。
「……付き合うんだから、これは許してっ」
「な……」
扉を潜って暗闇に放り出されたら、俺の手をぎゅっと夢野が握ってきた。
「わぁあ、暗すぎて見えないー。若くん、いるよね?これ若くんに似たマネキンじゃないよね?はっ、若くんに似た巨大キノコ――」
「誰がだ。俺に決まってるだろ」
それから相変わらず煩い夢野の手を握り返す。それだけなのにじんじんと胸が熱かった。
自分に素直になったのはたったそれだけ。
手の繋ぎ方も恋人繋ぎだとかそういうものじゃなかったし、ぎゃあぎゃあと仕掛けにいちいち反応して夢野は煩かったし、デートと呼べるものなのかもよくわからなかった。
だが繋がっているその手の温もりが、俺のすぐ隣に夢野がいる確実な証拠で。
こんなにも愛しく思えるのは何故なんだろうか。
「あ、光が見える!あれってゴールだよね!」
「あぁ……」
もう二人の時間が終わるのかと思った。
今まで満ちていた心の充足感が消えるのがわかる。
ぐっと手を引き寄せて夢野を抱き締めようとしたら、出口近くで待ち構えていたお化け役に悲鳴をあげた夢野は、俺の手を盛大に振り払って出口まで全速力で逃げていった。
「わわわ、若くん、なんで最後のに驚かなかったのっ?!」
「……いや十分驚いてる」
振り払われた手がこんなにもショックだったなんて驚きだ。
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