最高の思い出を君に
「おあぁあぁあっ……」
絶望したような表情で俺の顔見たまんま固まってもうた夢野さんに苦笑する。
いつも背負っているらしいパンダリュックの肩紐の部分をぎゅうっと握りしめながら、全身でプルプル小刻みに震えとって。
可愛らしい服装も相まってか、なんやそういうお人形さんの玩具みたいやった。
「ま、まぁ。財前たちは誰も来ぇへんけど、もう中入ってもうたし。楽しも、なっ?」
ピラピラと高かった入場券を夢野さんの目の前で泳がせてみたら、今度はぎっと睨まれて歯ぎしりをされた。
「わ、私の分、は、払いますっ」
「いらんよ。騙してもうたお詫びやと思うて?で、せっかくやから楽しまな」
財前や金ちゃん、小春たちも一緒やと騙してもうたんは俺やし、これでもう二度と信じてもらわれへんかもしれんけど、でも、それでもこの夏夢野さんと遊びたかったんや。
「……信じる心を取り戻すには、まだ足りない……です」
「え」
夢野さんがちらりとフードカーやフード店を見たので「わかった、昼飯もなんでも奢ったる」と笑ってまう。
「それで一緒にデート楽しんでもらえるん?」
それから首を傾げてみたら、夢野さんは擬音が聞こえそうなぐらい目に見えて真っ赤になって、小さくコクりと頷いてくれた。
あかん、いちいち可愛えわ。ときめくんやけど。
「ほな、いこか!」
左手を差し出したら、夢野さんは一瞬その手のひらを凝視してから右手を差し出してくれる。
ダメもとでも行動して良かったと思った瞬間「がってん承知の助!!」と掌をバチンっと叩かれただけやった。
それから友達にしては近く、でも恋人というには遠い微妙な距離を取りながら絶叫マシーンを乗り回す。最初夢野さん乗り物大丈夫なんかなと思って聞いたら「え?これ、空飛ばないですよ?」ときょとんとされ納得した。
でもどんな乗り物でも、どうも出発するまでの点検時間は緊張しとるようやった。なんや違いがようわからんけど、やっぱり少しは恐いんちゃうかな。
「ほい、アイスクリーム」
「ストロベリー……!ありがとうございます!」
少し休憩しよかと、アイスクリームを自販機で買って手渡したら、正解やったんかめっちゃ嬉しそうに笑ってくれて、その笑顔にほんわかと胸が温かくなる。
「さっきこれを買いに行ってるとき、白石さん、女の子たちに囲まれてませんでした?」
小動物みたいやなぁとアイスを頬張る夢野さんを眺めていたら、そないなことを質問されて吹いた。それから残りの自分のアイスを口に放り込んでから残ったアイス棒で空中に丸を描く。
「……逆ナンっちゅーやつやわ」
「ぎゃ、逆ナンっ!」
そうか、あれが逆ナンというものなのか!と興奮しはじめた夢野さんを横目で見ながら、ゴミ箱にアイス棒を入れる。逆ナンする子は苦手やねんと口にはしない。
「……嫉妬、してくれへんの?」
それから夢野さんに向き直って、彼女の唇の端についてあったクリームを親指で拭ってそのまま舐めた。
じっと視線は夢野さんに向けたままやったから、彼女がまた固まってるのはわかっとる。
「……甘いなぁ、夢野さんは」
置かれていた距離に侵入した。
夢野さんの眉がみるみるうちに困り眉になって。瞳からは戸惑いの色が見える。やけど、そこに映っとんのが俺しかおらんってことに妙な嬉しさもあった。
「うりゃ!」
「むあっ?!」
あまりにも意識されて可愛ええから、ぐりぐりと頭をちょっと乱暴に撫でる。
ぐしゃぐしゃになった髪の夢野さんは唇を尖らせて何かを言っていたが、気にせず手をさしのべた。
「さぁ観覧車やお化け屋敷にも行かなな!」
今度は手をとってくれるやろうか。
淡い期待は時間と共に膨らんで。
それは、どこで嗅ぎ付けたのか財前や謙也たちが乱入してくるまで、俺にとって夢のような時間やった。
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