隣の席の白石くんはイケメンです

四天宝寺中学校


「白石くーん、筆箱忘れたんやけど……」

「本野ちゃん、またかいな。ほんま忘れんぼさんやなぁ……」

にっこりと爽やかに笑顔を向けてくれるのは隣の席の白石くんだ。
彼とは三年になって初めて同じクラスになったわけだが、私は彼をずっと知っている。
何故なら大変な人気者だからだ。

「ん、シャーペンと消しゴムと水性カラーペン渡しとくで。あ、芯は多めに入れとるさかい」

「いつもありがとー。白石くんがいるから安心して忘れ物できるんよー」

「いやいや安心してくれんのは嬉しいけど忘れ物したらあかんって」

「せやねー」

シャーペンと消しゴムとカラーペンを受けとり、へらっと笑って教科書を準備する。

「……本野ちゃん、本野ちゃん、次国語やで?数学ちゃうし、数学今日ないしな」

「えー……時間割間違えてもうたー」

どないしよ、と周囲をキョロキョロしたら、白石くんがため息混じりに机をくっつけてくれた。

「教科書一緒に見てええよ」

「わー、ありがとー。これやから白石くんはモテモテやねんなー」

「……え、急にどないしたん?」

私の台詞にぎょっとした表情をした白石くんにフフフと笑う。

「一年生の時から白石くんに告白するーっていう子をずっと見てきてんー。せやから、白石くんのこと遠巻きに知っとったんよー」

「え、そうなん?でも俺、ほんまに好きな子からは告白されへんからなー」

「えー、贅沢者やなぁ」

授業が始まっていたが、一番後ろの席なのをいいことに、白石くんと私は小声で続けた。
雑談をところどころにいれてくる先生のおかげで、小声ぐらいじゃ目立たない。

「知っとる?俺も自分のこと入学式ん時から知っとたで」

「あー、あれやろー。私が新入生挨拶したからやろー」

こんなに忘れ物が多い私だが成績はとてもよかったりする。

「そうやで。それから伝説の階段落ちな」

「いやや、忘れてーや」

ノートを書くふりして下に俯いた。
もうほとんどノートにキス状態である。
ちなみにこのノートは数学のノートだが、反対側からは国語が不定期に始まる。後で切ったり貼ったりなかなかの作業だ。

「いやあれは忘れられへんわ。なんでああなったん?」

後ろ向きで階段落ちるとかなかなかないで。と続けられたので、白石くんのお口を手で封鎖した。
反対側の手で自分の口にチャックをつけるふりをしてそれを白石くんに見せる。

そしたら、白石くんがなんやプハっと吹き出して、肩を震わしながら机に突っ伏した。

「……あかん、やっぱり本野ちゃん、可愛すぎやわ」

「なにがやのー、なんも可愛いことしとらんし」

「全部可愛ええよ」

そんなこと言って美少年の必殺笑顔をつかってきたから、焦って白石くんの教科書に落書きする。

「……画伯やなぁ。消さんと置いとくわ」

落書きをした身だが、その言葉にぎょっとした。ほんま白石くんはよくわからない。

「せやかて、好きな子の落書きやし……」

「はい?」

少し頬を赤らめている白石くんは、悪戯っ子のように目を細めていた。
あぁ、落書きしたからそれの仕返しかな。

「……でもそれはあかんと思うわ」

「え?」

「乙女の気持ちを踏みにじる行為やで。自分みたいな美少年が言うたら洒落にならんねんよ」

頬を膨らませて拗ねてみた。

「せやかてほんまのことやねんけど」

「そんなん言うねんやったら、ちゅーでもしてみぃーや。できひんやろ、そんなん──」

ちゅっと軽く白石くんの唇が私の唇に触れる。
ほんまに一瞬で。
瞬きしたらもう離れてたし、クラスは授業中やし。
でも、触れた感触がはっきりとする。

「──嘘やわ」

「嘘ちゃうって」

「なんでそんな平然としてるん?やっぱこれ夢やわ」

真ん中に置かれた白石くんの教科書を睨むように見つめた。先生が黒板に書いてることを写しながら「……ファーストキスやのに」と呟く。

「俺もやで?」

「……それは絶対嘘や」

だって白石くんの口癖、んー、エクスタシーっていうねんやろと続けてから、頭を抱えた。

「白石くんのこと好きな子、何人も知っとるのに……」

「ぜーんぶ、お断りしとんのも知っとるやろ?」

頬杖つきながら、優しく微笑まれたらなんもいわれへん。
やから美少年は得なんや。なんでこないな美少年に私が好かれるんやろ。
そこまで考えてから、あの伝説の階段落ちがきっかけだとしたら、あの日の記憶を捨て消し去りたい棚から、甘酸っぱい記憶の棚に移動してあげようと思った。
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