「……二重奏」
ぽつりと落とした台詞に胸がドキリと痛む。
鳳くんが誘ってくれたのは本当に嬉しかった。だけど反比例して怖いという気持ちが脳裏を過ぎる。さっきまで賑やかだったのが嘘みたいに、今は私の呼吸と窓を叩く風の音だけが自分を包んでいる。
下の階からたまに聞こえる男の子たちの声は、付けっぱなしにしたテレビからの音みたいに、まるで別次元のような気がした。
「……どうしよう、ワルキューレ」
お父さんが六歳の誕生日にくれた大切な相棒を優しく抱きしめる。
楽しそうに笑っている両親を思い出していつの間にか泣いていた。
「……う、ぐす、ふぅ……あっ……っ」
傷付けないようにヴァイオリンをケースに閉まってから、うずくまるようにベッドの上で小さくなる。
ずるずると鼻水が垂れていて、たぶん情けない顔をしているんだろうけれど、もうどうしようもなかった。
『本当に夢野さんはお上手だわぁ。ご両親ともに音楽家ですものねぇ』
『……え、うちの子と一緒に、ですか?……れ、レベルが違いますし……ご遠慮いたします』
『ごめんね!詩織ちゃんと一緒に演奏するの嫌なの。ママもね、引き立て役なんかになっちゃだめだって!』
『君は小学生レベルじゃない。大人と一緒にやらないか?』
『……小学生にこのパートを取られるならば、私はこの楽団を止めます。……大体生意気なのよ、子供のくせに』
耳をふさいでも溢れ出したものは止まらなかった。……今日は嫌なことばかり思い出す。
テニス部の人たちは優しくて、こんな私でも普通に会話してくれて、楽しかった。嫌なことと楽しいことは、プラマイゼロかもしれない。でも
────♪
G線上のアリア。
瞬間的に涙が止まった。
「……もし、もし」
『……なんかさぁ。詩織が泣いてる気がしたんだよねぇ』
「ふ、ふふ。泣いてなんかいないぜよ」
『……そう?ま、それなら良かったわ。詩織をぐしゃぐしゃに泣かせていいのは私だけだしねー』
「おふぅ、流夏ちゃんドS」
鼻をすすった私に流夏ちゃんはいつも通りに声をかけ続けてくれる。
……流夏ちゃん、ありがとう。大好きです。
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