聞いてはいけないこと
「……っ詩織っ!」
「ぐえっ!!」

ペンションに到着しすぐに食堂に向かってきたらしい榊監督が、勢い良く夢野さんを抱き締めた。蛙が潰れたような鳴き声を上げた夢野さんは背骨とか大丈夫だろうか。
食堂にいた全員が生温かい視線を二人に向けていた。勿論俺も。

「……やれやれ、もういいだろ。離してやりな。こっちはあんたを待ってたんだからねぇ」

痛い痛いと呻く夢野さんをお構いなしに抱擁を続けていた榊監督に青学の顧問である竜崎さんが止めに入る。後ろに控えていた他の先生方も苦笑していた。

「……すまなかった。では詩織、風呂に入ってもう寝るように。いってよしっ」

「うぅう。オヤスミナサイ、おじさん……」

いつものポーズを決めた榊監督に恨めしそうな視線を送りながら、夢野さんはふらふらと食堂を去っていこうとしたので、ちょうど宍戸さんと外に出ようとしていた俺は一緒について行くことにした。

「大丈夫?夢野さん」

「あはは、大丈夫だよ。鳳くん」

「……あんな監督、あんま見たくなかったぜ」

吐き出すように呟いた宍戸さんに同感である。夢野さんが大切なのはわかったけれど、あまりにも気味が悪かった。

「……二人はこれからまだ練習ですか?」

「あぁ、大浴場利用まで時間があるからな。長太郎と走るつもりだぜ」

なっ、と俺に振ってきた宍戸さんに笑顔を返せば夢野さんは「一緒に、かぁ。仲いいなぁ……」なんて小さく呟く。
それがどこか寂しそうで、俺は何故かそこで会話を終わらせちゃいけない気がした。もう階段は目の前だったけれど、上に行こうとした夢野さんの手を慌てて掴む。
隣で宍戸さんが驚いているのがわかる。否、俺も自分で驚いているんです。

「……え?えっと?あ、おやすみなさい?」

夢野さんも落ち着かないように俺の顔と俺が掴んでいる手を交互に見ている。

「……あ、あの。夢野さん、俺、ヴァイオリン弾けるんだ。耳もいいと思う。だから……二重奏とか、……合宿後で暇なときにでも……その一緒に演奏してみたいんだ」

「……っ、あ、りがとう。い、……しょに、出来たら私も嬉し、いよ。……っ鳳くん、宍戸先輩、練習頑張って下さいね。あの、おやすみなさいっ!!」

「あ……」
「お、おい、夢野……っ」

必死に笑顔を作って夢野さんは階段を駆け上がっていく。
瞬間的に罪悪感みたいなのがじわりと胸の中に広がった。……もしかしたら触れてはいけなかったのかもしれない。
でも、あの捨てられた子犬みたいな表情が何か言わなくちゃいけない焦燥感を与えてきて、つい口から台詞が流れ出た。

「……宍戸さん、俺どうしましょう。傷つけるつもりじゃなかったんです」

いつも彼女は一人でヴァイオリンを弾いていた。それはわかっていたんだ。

「……わかってるって。大丈夫だ、長太郎。まだアイツとは知り合って間もないんだし、これから知っていけばいいんだろ」

「は、はいっ!俺、なんだか放っておけないんで頑張りますっ」

気合いを入れた俺に宍戸さんは笑ってから、額を小突いてくる。

「じゃ、行くぜ!長太郎っ」

「はいっ!」

大声で返事を返して、俺は宍戸さんとペンションの外に出た。

夢野さんはいつも柔らかい空気を纏って笑っているけれど、事故のこととか他にも色々内に秘めている気がする。
それが他人に悟られないようにひた隠しにしているのか、あまり深く考え込まない天性のものなのかと言われれば、恐らく後者だ。

だからこそ、彼女がたまに見せる寂しさをなんとかしたいと思ってしまったのかもしれない。





「……ふぅん。やっぱやおいかんなぁ。……色々背負っととねー」

勿論、四天宝寺の千歳さんが俺らのやり取りを見ていたなんて気づいていなかった。

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