階段を上っている間、夢野は馬鹿なことしか口にしなかった。
「わかっている」
「え!わかっちゃうの?!嘘だよ、愛の巣とか冗談だよ!そこ、わかっちゃだめだ!」
「……わかっている」
呆れを含んだため息を吐き出して夢野の額を叩いた。
ぺちん、と軽い音がしてコイツの頭の中は空洞なんじゃないかと考える。
「……日吉くん、それ超失礼」
夢野じゃないはずだから、うっかり口にするはずはないんだが……と首を捻れば、夢野は「そんな気がしたんだよ」と泣き真似をし始めた。
「おい」
そんな小芝居につき合うつもりは毛頭なく、夢野の部屋らしい前で突っ立っているわけにもいかない。俺も早く練習を始めたいのだ。
「……携帯電話を貸せ」
「へ?」
有無をいわさず、その手に握っていた携帯電話を取り上げて、俺自身の電話番号とメールアドレスを登録した。
「な、なななに?」
すぐに夢野へ携帯電話を返せば、ヤツは何度か大袈裟に目をぱちぱちさせている。
「……言っておくが、若子とか登録名を変更したら、お前とは絶交する」
「…………ひよ子」
容赦なく後頭部を叩いた。だが、夢野は気色悪い笑みをニタニタと浮かべながら笑う。
「…………なんだ、何か言いたいことでもあるのか、友達のいない馬鹿女」
いつかの台詞を返すつもりで睨むが、夢野はさらに肩を小刻みに震わし始めた。……だいぶ不愉快になってきた。なんなんだ、コイツ
「……っふへへ、日吉くん、可愛いね、絶交……絶交するって、言っ──いったぁあっ?!」
夢野の頭上に落とした拳骨は、どうやらかなりのダメージを与えられたようだ。
痛い痛い酷い!と呻く夢野に背を向けて、俺は階段を駆け下りた。
……一体何を口にしているんだ、俺は
否、一体何がこんなにも気にくわなかったんだろうか。
ただ
アイツのスカスカな電話帳に同年代ぐらいの男たちのアドレスがあるのが嫌だった。
「──絶交する、って……ガキか、俺は」
顔がアホみたいに熱い。
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