彼はもっと空気を読んだ方がいい。否、せめて私の顔色を判別できるようになって欲しい。
あぁ、……吐く。
練習だと、席を立ち始めたテニス部の人たちを微妙な表情で見送っていた。
さっきまで私を抱き枕にしていたジロー先輩は樺地くんによって回収されている。
「おい、アンタ……っ、夢野っ」
「は、……え?」
そんな中、私もそろそろ食堂から出よう。まるで見世物みたいに視線を感じるから。と案の定ブツブツ呟きながら席を立ったら、誰かに呼び止められた。
そして驚いて目をぱちぱちさせてしまう。
振り返ったら、流夏ちゃんのクラスメートの切原くんではないか。
「…………」
「……、……」
勿論、切原くんとも会話したことがない私は、彼にお久しぶりです、みたいなことも言えず、相手の出方を無言で見守るしかなかった。
だというのに、話し掛けてきてくれたはずの切原くん自体が黙り込んでしまっている。というか、なんか睨まれてませんか。私。
「……あの──」
「何か用なのか、アンタ」
何故怒っているの?と尋ねようとした私の前に、日吉くんが立った。
そっと私を背中に匿うようにしてくれた行為に、もしかして私が切原くんに絡まれていると思って助けてくれたのか?!と大層驚愕してしまう。
あまりにも吃驚したから声が出ない。
「っ、なんだよ?アンタ……俺は──」
「よぉ、夢野!目立ち過ぎだろー」
切原くんが日吉くんを睨んで何か怒鳴ろうとした瞬間、絶妙なタイミングで桃ちゃんが人のいい笑顔を浮かべて近づいてくる。
「っ!」
「大体、俺にもメールで教えろよなー!海堂の野郎だけにここにいること教えるなんて、いけねーなぁ、いけねーよ」
「す、みませぬ」
私が頭を下げたら、切原くんは舌打ちして去っていった。……なんだったのだろうか。
首を傾げていれば、私の前にいた日吉くんがいつの間にか私を凝視している。
「……メール?」
「え?」
「詩織ちゃん、ズルいよー!俺だけ他人のフリなんて……。メル友の仲でしょ?……やぁオモシロくん、君も詩織ちゃんに用事?」
「桃城、ッスよ、千石さん」
なんということだろうか。千石さんが笑顔で近づいてきたではないか。
しかも、片手で足りるくらいしかメール受信していないというのに!っていうか、名前間違えられた桃ちゃんが笑顔なのになんか黒い気がする。否、気のせいだと信じたい。
否、今はそれよりも山吹中学のその他の方々が冷たい視線でこちらをみている気がした。たぶんelevenさんがいるという事実に怯えている私の被害妄想かもしれないけど……っ
「え?うちに知り合いでもいるの?」
「なんと!」
ポツリ、と呟いた千石さんの顔を見つめた。もちろん、このお喋りな口は両手で塞ぐ。
elevenさんには私がここにいることを伝えることが出来なかった。だから、余計に千石さんと他人のフリをしたかったのに!
桃ちゃんと日吉くんも不思議そうな顔で私を見ているじゃないか……って、ちょっと待って。日吉くん、どうした。眉間のしわがすごいよ。それ、不思議そうな顔じゃなくて、不機嫌MAXだよねっ?!
「……コイツ、腹が痛いらしいんで、失礼します」
「え、誰が?っ、いったぁ?!痛い、超痛いーっ!!」
日吉くんがいきなりわけのわからんことを言って私の腕を引いたので、なんなんだと顔を上げたら、思いっきり後頭部を叩かれた。
無言の圧力で「俺に合わせろ」と訴えられていたので、私も涙ながらに痛みを訴える。否、腹痛いというより頭痛い。日吉くん、乱暴すぎる。
「……あーぁ、逃げられちゃったね。オモシロくん」
「だから、桃城ッスよ」
11/103