重要なことを忘れていた私は馬鹿だ
──一通り好きな楽曲を弾き終え、時計を見たら丁度お昼時だった。

同時にぐぅっと唸ったお腹の虫に一人笑っていたら、急に我に返る。


ちょっと待て。

私、食事はどうすればいい?


そもそもペンションって、食事するダイニングみたいなところがあって、そこに宿泊客集めてみんなで仲良くいただきまーす!みたいな感じじゃないのか。否、絶対そうだ。

答えに行き着いてイヤな汗をかいた瞬間に、呼び鈴が鳴った。

「詩織さん、下でお食事を用意していますから、どうぞ降りてきてくださいね」

優しい奥さんの声に癒されるはずなのに、何故か今は重く胃にのし掛かる。なんてこった。


取り敢えず、携帯電話を握り締め、千石さんに《私を意外な場所で見かけても、他人のフリをしてください》と急いで打ち込んでメールする。

だって、elevenさんがチャットで言っていたのだ。

軟派されてすぐメールアドレス交換する女は嫌だな。って。

まだ顔あわせてない段階から、嫌われたくない。





「あ。夢野詩織。なんだよ、お前もここで食べるのかよ」

えぇっと、小さめの先輩の名前がわからない。

私を睨んでいるけど、なんでこんなに敵意むき出しなんだ。あ、そうか、私が失礼な発言したんだった。

「岳人、あんま苛めたらあかんで?」

お前が言うな。とは思ったけど、心の中で留めておいた。

「……否、聞こえたで」

「そんな馬鹿な?!」

私の口はどれほど緩いんだ!

一人ショックを受けている間も、忍足先輩に岳人と呼ばれた先輩は私を睨んでいる。


「……あの、えぇっと、先日は申し訳在りませんでした。ごめんなさい、岳人先輩。屋上から見ていました。岳人先輩、アクロバティックでかっこよかったです」

「……っ、お、え、なんだよ!お、お前、いいヤツだな!」

おだて台詞が効果あったのだろうか。

岳人先輩は顔を赤らめながら、満面の笑みを浮かべて、私の背中をバシバシ叩いてきた。痛い。

「……な、んやて?」

「は?」

忍足先輩が私を信じられないものでも見るような目で見てきた。心外である。

「む〜、詩織ちゃん、俺の方がかっこよかったでしょー?!」

怪訝な顔で忍足先輩を見上げていたら、ジロー先輩に脇腹へ抱き付かれた。というか、もはやこれはラグビー的なタックルだ。胃液を吐きそうである。

「は、い、ジロー先輩も、かっこよかった、ですよ……」

「ありがとー!でも、いきなりがっくんのことも名前呼びだったから、ちょっと嫉妬しちゃったCー!ごめんねー?」

首を傾げるジロー先輩は可愛かった。

だが、名前……?

「……夢野さん、岳人の苗字言うてみ」

「…………」

「やっぱ知らんかっただけか。そない目線逸らして……向日岳人や」

「ありがとうご──」
「やけど、今から苗字で呼んだら、岳人、拗ねると思うでー?」

こっそり教えてくれた忍足先輩に感謝しようとしたら、耳打ちされた。低音ボイスがぞわってする。


「おーい、詩織!お前の席、俺の隣な!感謝してみそ!」

みそってなんだ。
否、それよりも、今下の名前で呼ばれた気がする。

広いダイニングエリア(むしろこれは食堂だと思う)の一角のテーブルを陣取りながら、岳人先輩はぴょんぴょん跳ねていた。

目立ってる。めちゃくちゃ私視線感じる。

あの人の靴の裏に餅でもくっつけてやろうかとか思ってしまった。



「……っていうか、忍足先輩、頭から手をどけてください。撫でないで下さい!……後、ジロー先輩、そろそろ離してくださいませんか」

「嫌だCー!」

「せやでぇ。俺も下の名前で呼んで欲しいわぁ。詩織ちゃん」

「忍足先輩、ちょっと黙ってくれますか」



日吉くんに助けを求めたら、無視された挙げ句に宍戸先輩は苦笑し、鳳くんは笑顔で大変だねと笑うだけだった。

最終的に樺地くんがジロー先輩を引き取ってくれて、滝先輩が忍足先輩を無理矢理引きはがしてくださった。

樺地くんと滝先輩大好きだ。

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