「…………柳生、彼女の音色ぜよ」
氷帝の跡部くんらに迎えられて入ったペンションのロビーを包む音楽に息を飲んだのは、私だけではなかったようです。
私の呟きを拾って、仁王くんが続けてそう言いました。
彼はじっと上の階へと続く階段を眺めている。
私も真似てその階段を眺めれば、音楽も合わさり、まるで天上に続く神秘的なものにさえ見えました。
「……ふむ、夢野詩織。彼女が叔父である榊監督がいる氷帝に転校したという情報は手に入れていたが、確かだったようだな」
「参謀、急に驚かすんじゃなか」
「おっとこれはすまない。お前たちが欲しい情報を提供したつもりだったが……」
私たちの背後にいつの間にか立っていた柳くんに私は溜め息をこぼしました。
つくづく、彼の観察眼は侮れません。
「……しかし、仁王が彼女と接触していた情報は得ていたが、柳生も知り合いになっていたのか?」
「……いえ、私は残念ながら一方通行に彼女を知っているだけですよ。……屋上で彼女の演奏を間近で聴き、声をかけたことがありますが……その時、私は仁王くんだったんです」
「……!」
私の話を聞いた柳くんは、カッと目を見開く。
「……俺は彼女のファンじゃったが、どうも緊張して話しかけることすら出来んかったんじゃ」
「……つまり、俺の情報は間違っていた、ということか」
頭をかいた仁王くんを見る頃には、柳くんはもういつも通り瞼を下ろしていた。
ノートに訂正個所を書いているのか、すらすらとペンが走る。
……ですが
あながち間違いではありませんよ。
何故なら、彼女は私が話しかけたことなど知らないのですから。
そう、彼女は仁王くんだと思っている。
「……今度は」
今度こそは、私自身が彼女に話しかけようとそっと誓いました。
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