耳慣れない音色を判別しようと脳が動き始めた刹那、スパーンっと気持ちよい音とともに額に衝撃が走った。
「ぐふっ」
「……頭ん中、何もつまってねぇんじゃないの」
パンダアイマスクを外せば、呆れたような表情を浮かべた跡部様の綺麗な顔。畜生、その手に持っている丸めた新聞紙だな、あの衝撃の犯人はっ
「夢野さん、自分、いびきかいとったで」
ぞろぞろと通路を通りバスを降りていくテニス部の人たち。そして丸眼鏡の奥でニヤニヤしながら、忍足先輩がそんなことを言ってきた。
な、なんですと?!
バスが停車し、窓の外に広がる景色から、既に目的地であろう場所についたようだ。
ということは、その間の記憶がない私は、まさか爆睡していたというのだろうか。だとしたら、いびきもかいていたことも事実かもしれない。
「……フン。ずっと俺様のジャージの裾を握ってはなさなかったしな」
な ん だ っ て ?!
鼻で笑った跡部様を見つめる。私は一体無意識になんていうことをしているんだ!
「……忍足さんも跡部さんも、そいつを苛めるのはそれぐらいにしておいてやってもらえますか。ただでさえアホ面なのに、ほら余計ヒドくなってるじゃないですか」
日吉くんよ、ありがとうを言えばいいのか、誰がアホ面だと反論すればいいのかわからないよ。
とりあえずバスを降りませんか?と通路の一番後ろで待っていたらしい銀髪っぽい髪のお兄さんがそう苦笑していた。
「…………ところで、私はいびきをかいていたんだろうか」
バスから降りた私は、温かな日差しに照らされる。眩しい。
「いや、夢野さんはいびきはかいてなかったよ。裾は握っていたみたいだけど」
にこり、と人懐っこい笑顔で私の背後に声をかけてくれたのは、さっきの銀髪っぽい髪のお兄さんだ。
しかも私の独り言に丁寧に答えてくれるあたり、とても優しい人に違いない。
それからこの際、跡部様の裾を握っていたらしい事実は、自分の中で白昼夢だということで処理した。
「俺、二年C組の鳳長太郎だよ。えっと、よろしく、夢野さん」
「ど、どうも……え、二年生だったの、樺地くんといいみんな身長高いなぁ。羨ましい、やっぱり牛乳なの?牛乳飲むとお腹痛くなるんだよね……」
「あ、あはは」
苦笑した鳳くんは、小さい声で確かに「本当だ。独り言すごい。日吉が言ってた通り変な人だ」と呟いた。絶対にそう口に出してた。
否、また私自身口に出してしまったのかと反省したけど、鳳くんはナチュラルに毒づいた気がするんだけど、やっぱり気のせいだということにしときたい。
だって、笑顔が真っ白なんだもん。
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