「……おい」
「……むにゃむにゃ、すぴー」
「てめぇ、絶対起きてやがるなっ!おい、夢野詩織っ」
「ね、寝てますにゃあ……」
そう口にした夢野の額を思いっきり平手で叩いた。
いい音がバス内に響いたが、夢野はぷるぷると震えるだけで、決してふざけたパンダアイマスクを外そうとはしない。
とりあえず、大きくため息を吐き出してから、夢野の首元へ視線を向ける。
目に入ったのは、大きな傷跡。
服で見えなくなっているが、どうみてもそのまま傷跡は胸元にまで確実に伸びているのだろう。
「……飛行機事故の」
「……っ」
ぽつりと呟いた俺の台詞が耳に入ったのか、夢野の身体が硬直したのがわかった。
瞬間的に、見える傷跡よりも心に残っているものの方がより深いことを知る。否、当たり前か。
「……大丈夫だ。眠っておけ」
「……、……」
一瞬息遣いが乱れた後、夢野はそっと俺のジャージの裾をぎゅっと摘んだ。
……今回の合宿は主にレギュラーのみの強化合宿。
だから、バスは空席だらけだ。
だが、それでもコイツは誰か人が座っているところの隣が空いていないか探していた。
……トラウマ、なんてそりゃそうだろう。
あんな事故だ。
まして両親を失っているのだから。
窓へと顔を向ければ、反射で写っている俺の口角が、無意識に上がっていることに気づく。
……まぁ、たまにはこういうのも悪くはない。
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