有耶無耶ではなく
──本当に今日は内容が濃くて、二度と味わえないんじゃないかと思うほど楽しい一日だった。

「……流夏ちゃん、ナイトパレード始まるまでまだ時間あるし、トイレ行ってくるー」
「ん、わかった。人混みだから気をつけてね?」

そう言ってどこか心配そうに私を見る流夏ちゃん。流石に人が多すぎるなと思ったのか、一度閉じた口が再び少し開いた。

「詩織、やっぱ──」
「俺もトイレ行きたかったし、一緒に付いて行くわ」
「──……、お願いしてもいいですか?」
「おう」

跡部様が轢いたどデカいシートから立ち上がった謙也さんを確認してから、流夏ちゃんは小さく「うん」と頷いてから言葉を続ける。

謙也さんは私に笑顔で「じゃ行こか」って笑いかけてくださった。
その笑顔が妙に眩しいのは、今朝の謙也さんの発言のせいかもしれない。
私は光くんと若くんの視線を感じながら、謙也さんが差し出してくれた手を掴む。
人の流れが物凄くて、本当は掴むのを躊躇ってしまったけど、迷子になってしまうよりかはと、甘えてしまった。
……じわりと、胸の奥で罪悪感が蝕む。


──跡部様が飛行する物体以外の東京までの帰りの乗り物を用意してくださっているとの事で、甘えてナイトパレードまで見させてもらうことになって。
そういうわけで今の状況になっているのだが、流れに逆流しながら、私は前を歩く謙也さんの横顔をそっと眺めた。

私は今朝、謙也さんが一生懸命吐き出してくださった好意に対して、誤魔化して変な言葉を口走った。
ちーちゃんが私を甘えさせるかのような、都合のいい台詞を続けていたのも、聞かなかったことにして。

「やっぱ女子の方が並んどるな。終わったらここで待っとくさかい」
「あ、あの、先に戻って下さっていいですよっ!ほ、ほら、謙也さん、待つの嫌いじゃないですか、だからっ」

トイレの前でついムキになってそう言ってしまった。
謙也さんは私の台詞にふっと表情を和らげて、くしゃくしゃと私の頭を撫でられる。

「……俺も不思議やねんけど、好きな子待つんは苦じゃないみたいやねん」
「うっ!け、謙也さん、心臓痛いからやめてくださいっ……ううううー」

無邪気な少年のような笑顔で、そんな甘い台詞を吐かないで欲しい。
私は必死に女子トイレの列の並びに加わって、自身の頬を左右からむにむにと押したり引っ張ったりした。

やっぱり、このままではダメだっ……!



用が終わり、女子トイレから出ると宣言通り謙也さんはそこにいた。
謙也さんは私服が少し派手めなのだが、その立ち姿がさらにイケメン度をあげている気がする。周囲の女性たちが「かわかっこいい子がいる!」ときゃいきゃい花を咲かせていた。
激しく私も同意したいし、そのまま眺めているだけで十分だ。
だけど……

「夢野さん!」

私の姿を見たら、すごく嬉しそうに目を細めて白い歯を見せて手を振ってくれる。
もう既に日は傾き暗くなってきているというのに、謙也さんの背景が白く輝いているように見えて、私は口から魂を吐き出す技を身につけるところだった。

「け、謙也さん、あ、あの、ちょっと、こっちにっ」
「え?」

私は少し路地っぽい人集りが少ない場所に謙也さんを引っ張る。別に彼に変なことをしたい訳では無い。
ただ、はっきりとさせておかなければいけない。そう思っていたのだ。謙也さんが私に笑ってくれる度に。もうほぼそれは今日一日中だったような気がするが。

「……け、今朝の事なんですが!」
「今朝……」
「私を好いて下さっているという……」
「……あー……うん」
「私、今本当にそういうことを考えられなくて!謙也さんとこうやって遊んでもらえるのは楽しくて!でもっ、それに甘えていると、気持ちを振り回しているだけでっ、私はひどく謙也さんに残虐な行為をしてしまっているのではと考え、それならば、そんな酷い私は謙也さんとお友達でいるわけにはいかないのではという考えに至ったのでございまして……っ」

もはや頭の中がぐるぐるして、言いたいことが纏まらない。
頭をぽかぽか叩きながら必死に言葉を探して、一生懸命に吐き出すが、自分でも言いたいことが分からない。ただ、向けられている好意に対して返せるものがない私はただの極悪非道なのではと思ったのだ。

「……夢野さんは、俺が夢野さんを女の子として好きなん、迷惑っちゅーか、気持ち悪いって思ったりしとる?」

謙也さんの困った顔にぶんぶんぶんっと高速で頭を横に振った。
迷惑ではない。気持ち悪いとかそんなことは考えたことがない。むしろ気持ち悪いのは私の方じゃないか。こんなイケメンである謙也さんの好意を嬉しいと思っているくせに答えられないなんて。

「ん、そうか。嬉しいとは思ってくれとるんか……」
「はっ!違っ──わない、です……ごめんなさいごめんなさいっ」

また口から出てるとか最悪だ。

「謝らんでええで。てか自分のこと好きになったんは俺の方やし、我慢出来ずに伝えてしもうたのも俺やし……勝手に想ってるだけやから、気持ち悪くないなら、想ってるのは許してくれへん?」
「わ、私が、友達として接しても、謙也さんは……傷つかないですか?!傷がブシャーってなるならもうっ」
「えらい流血沙汰やな。その効果音やと。……いやまぁ切なくなるんはあるかもしれへんけど、なんちゅーか、夢野さんの見てるもんってヴァイオリニスト一直線って感じやし……」

ちょっとだけ首を傾げてまた謙也さんが笑った。

「せやから、自分のこと想ってるだけでもえらい俺の力になるんよ。頑張ろうってな」

「……うまく答えられるようになったら、ちゃんとしますっ」

「ははっ、そん時はええ返事が聞けたらええなぁ」

眩しいほどのキラキラした謙也さんの表情に思わず脳内で小人が大変サンバという謎の踊りを舞い始める。……わかっている。私の脳内は混乱している。

「……ん。記念にハグしてもええ?友達として、な」
「は、はぐ?友達として……?」

いやいや好意をわかっている男の子にハグはおかしい。ここは断らなければ。断固として拒否しなければ。

「……あかん?」

私の脳内の小人が弓矢で打たれて死んだ。いやピクピクしてるから瀕死状態だ。
小首を傾げて甘えたような口調で何を言っているんだろうか!この人は!!

「謙也さん、キャラ変やり過ぎですやめてください……もう私の小人さんのHPは限りなくゼロです……」

プルプルと震えながら両手で顔面を覆いつつそう答えると、両手向こうから「小人??」と疑問の声が漏れていた。ええ、そうですよね。意味分かりませんよね。

「わかりましたっ、変に意識せずに、漢のように構えましょう!さぁ、ドンと来いっ」

もう知らん。
本人が言い出したんだ。私は距離を調節云々を色々悩んだのが、もうどうにでもなれ!
気合を入れて覚悟を決めた。
両手をバッと広げて謙也さんを見上げたら、ぽかんとした表情──やめろ、私がバカみたいじゃないか!──の、後。
謙也さんはくくくっと肩を小刻みに震わせながら「ほんまに……可愛ええな」とギュッと私を抱き締める。耳元で囁かれたせいで私は硬直した。
ほんの少しの短いハグの後、謙也さんが離れて「はー、緊張したわぁ。見て、ほら俺震えとるっ」っていつもの調子で話しながら、プルプル震えている片手を見せてくれるもんだから、ちょっとだけ和んだ。

「……あ、そろそろ戻らな──」
「詩織っ!」
「夢野っ!」
「──やろうなぁ」

謙也さんが苦笑して、名前を呼ばれた方向に振り返れば、光くんと若くんだった。
ハァハァと二人とも息が荒いのは、探し回ってくれたせいなのだろうか。

「謙也さん、ほんま、始めっから二人で行かすんやなかったっすわ」
「もうすぐナイトパレードが始めるぞ。まったく……」

謙也さんに突っかかる光くんを横目に、若くんがグッと私の手を掴む。

「日吉、お前……」
「うるさい。喚く前に戻るぞ」
「そやなぁ。はよしなパレードのええ所見逃すかもしれへんし」

若くんに掴まれた右手の熱に言葉を失っていたら、光くんに反対側の左手を掴まれる。
それから、謙也さんに後ろから両肩に手を置かれて、前進するように押された。



──若くんと光くんが、好きでもない女子にキスを迫るような、そんないい加減な男の子ではないことを知っている。
痛いほどにわかっている、この両手の熱。

色んな言葉で誤魔化して、蓋をして、見えていないことにして。
私は……友達を失うのが怖い。



「……甘えててごめん」

ぽつりと呟いた台詞は、ナイトパレードの始まりを告げる盛大に鳴った音楽によってかき消されたのだった。

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