己自身の気持ちは?
──それは、部活終わりの部室での一コマ。

ロッカー前の長椅子に腰をかけて、タオルで汗を拭っていた赤也が「はぁ……」と大きなため息を零した。

まだ弦一郎や精市はテニスコートで他の一、二年生と話をしている。
丸井やジャッカルを含めた他レギュラー陣は、まだテニスの試合をダブルスでしていたはずだ。

赤也はレギュラーに課せられた基本練習後、今朝の遅刻を理由に散々ランニングした後だった。
いつもならテニスコート端で寝転んで「疲れた」と喚いているはずだったのだが。

「……どうしたんだ?」

「うわっ!柳先輩っ」

俺が話しかけると、大袈裟に頭からタオルを床に落とす。
……まったく分かりやすい。

「……夢野のことか?」
「うえっ?!」

俺が口角を上げて口に出せば、赤也はおかしい程に慌てふためいた。それから相手が俺であることに観念したのだろう。
そっと息を吐き出す。

「……柳先輩なら知ってますよね?今アイツ、大阪なんすよ」
「あぁ、確かそんなメールが届いていたな」
「ですよね……」

落ち込んだように肩を落としてから、またため息を吐き出していた。
何があったかまでは分からずとも、この気分屋が酷く落ち込んでいるであろうことは十分に伝わる。

「で。何があったんだ?」

「はぁ……、これ……見てくださいっす」

メッセージアプリの画面を開いた赤也は、夢野とのメッセージのやり取りを見せてきた。
すぐに写真が目につく。
氷帝の日吉若と四天宝寺の財前光と一緒にターミネーターの建物の前で記念撮影してものなのだろう。
お互いに目線を外側に外しながら中心の夢野に腕を組まれている日吉と財前に若干イラッとした。

「……ふむ。氷帝がついて行っていたのか……?いやだが、俺の情報によれば今朝氷帝も練習があったはずだが……」
「それ、跡部さんが小型ジェット機飛ばしたらしいっす……」
「なるほど」

いつものノートを広げてペンを動かす。
さらさらと、その音だけが異様に部室内に響いた。

「……てか、ターミネーター、俺が好きな映画だって言うのを覚えててくれたのは嬉しいのに、そこにコイツらといるってのが……なんか、こうっ!モヤモヤしません?!」
「あぁ。言いたいことはわかるぞ」

そして──
確かなことは、この写真をこのメンバーで撮影したのは、あの三船流夏なのだろうと思った。

「あー……っ!クソっ!俺も普通に遊びてぇーっ」

「赤也、五分後にはその台詞を口にしては行けない」

長椅子にくだーっと寝転がった赤也に俺はそっと助言する。
きっとあと五分すれば、弦一郎たちが部室に入ってくるだろう。可愛い後輩がまた拳で殴られては困るからな。






《やだ、柳さん、本当にどこで情報仕入れてるんですか!》

それから自宅に帰宅する道中に送ったメールの返信にふっと口角が緩んだ。

《お前のことなら、全てお見通しだ》

《真剣に怖いです》

《……まぁ冗談は置いておいて。今は何をしているんだ?》

返信まで暫くの間。
ふむ。
これはアトラクションに乗った確率が高いな。

そんなことをぼんやりと考えていたら、暫くして携帯電話が震えた。

《……スパイダーマンに恋してきました》

《……アトラクションの時に勝手に撮影される写真を記念品だと購入した確率百パーセント》

《柳さん、私の事好き過ぎません?》

思わずそのメールに返信する手が止まる。
予想外の返信に眉間に僅かに皺が寄った。


──あの日

弦一郎以外のメンバーで、プールまで夢野を追いかけに行った、あの日。

フードコートで精市に尋ねられた言葉。

──『蓮二は?』

俺の夢野への気持ちか。

言葉を濁し質問を質問で返すという、話題逸らしを使ったのにはきちんとした理由があった。

わからない、のだ。
理解不能。

全てをデータ化して考え、読み取り、行動する。
パターン化した人間はすぐに飽きることになった。
そしてそれが不可能な存在。
夢野は俺のデータの外にいる。
いや、中に入れると、データを勝手に上書きし、壊していくウイルスのような存在なのだ。

《……そうだな。俺は最近、一途な人が好きだと気付かされた》

《私、めっちゃ色んなイケメンさんにキュンキュンするので、一途じゃないです。うわーい。柳さんの好みじゃないですね!》

その返信に盛大にイラッとした。
自宅に着いて部屋に入ってから、畳の上の座布団へと乱暴に携帯電話を投げ捨てる。俺らしくもなかったが、流石に切歯扼腕するのも当たり前だろう。

「……ヴァイオリンに死ぬほど一途なくせに、何を言う」

そう吐き捨ててから、途端に気恥しさが襲いかかってきた。
額に手を当て、そっと息をつく。

悔しいが、俺は夢野に心を奪われているのだ、と静かに悟った。

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