謙也はんがそれで上機嫌になり、他の皆も感動しとった。かくいうワシも、こんな裏技があるんやなぁと感心する。
……まぁワシは待つのも苦ではなかったんやが。
「……しかし、これは高いのぉ……」
「そ、そうですね、か、かなり上に……やだ!もうすぐくるっっ……!」
隣の夢野はんの声がだんだん震えていく。
確かにもうそろそろ急降下しそうや。
夢野はんの向こう側におる財前はんも静かやし、ワシの反対側におる小石川はんも何かぎゅっと目を瞑っているようやった。
前方では向日はんらがワーワーと騒いでいる。
──何か皆を落ち着かせることは出来ないやろうか。
ワシは唸るように考え、そっと般若心経を唱えることにした。
「〜……っ、師範っ!めっちゃ怖いわ、ほんま!」
「もうマジで死んじゃうかと思いましたよ!」
降りばで財前はんと夢野はんに同時に涙目で訴えられてしまったんだが、な、何故やろうか。
小石川はんを見たら「……すまん、俺も三途の川見えそうになった」と苦笑される。
「む、むう……」
よかれと思ってしたことやったが、皆を怖がらせてしまったらしい。
そう小さくため息をついたら、ワシの前の席にいたらしい日吉はんが「俺は興味深い体験でした」と口角を上げて言ってくれはった。
「そ、そうか。それは良かった」
「もし、何か面白い怪談話がありましたら、また教えてください」
「わかった、今度教えたる」
満足気に目を細めた日吉はんは、その後「若くん、食事何食べたい気分?」と夢野はんに声をかけられる。
その二人のやり取りに横にいた財前はんが「……ちっ」と舌打ちしていた。……ううむ。
「……たくっ、この人数で移動してるだけでも目立ちやがる」
「そうやなぁ。だが亜久津はんも、離れようとは思わんのやろ?」
そして最後尾を歩いとった亜久津はんに振り返れば、無言で睨まれる。
だがそれも愉快やな。
視線をグループの中心に戻せば、やはりそこには夢野はんがおって。
今は芥川はんに腕を引っ張られて、その後千歳はんに抱き抱えられとった。
「ぎゃー!千歳さん、下ろしてください!さっきのアトラクション利用可能身長ギリギリぐらい大きい千歳さんに抱えられると、めっちゃ視線を、視線をもらってしまう……!」
「そうですよ!詩織ちゃんを解放してください!宍戸さんもそう思いますよね?!」
「え、あっ、あぁ……!」
また騒がしくなったその様子にふっと口角を上げた。
──色即是空 空即是色
これは因縁、すべては空になるとしても。
夢野詩織はんという色に、今は必死に手を伸ばしとる。
それが人間の煩悩とやらなんやろう。
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