夢野さんが三船さんと御手洗に行ったタイミングで、財前が新幹線の切符を取り出している室町くんに声をかける。
千歳は途中で用事があるからと既に帰っていた。
「……協定勝手に破ってすまんかったわ」
「……いや俺も多少は……って、どのレベルか分かってないんだけど」
「日吉レベル?」
「お前ふざけんな!」
室町くんが珍しく声を荒らげる。と言っても、小声で、やけども。
俺にはあまり話の内容が理解できひんかったけど、間違いなく夢野さん絡みやろうなぁとは分かっていた。というか、協定ってなんやろ。
あと、財前が彼女に何かやったんは、先刻の観覧車のくだりで三船さんの口から漏れた悪態で、大体想像つけた。
……白石と謙也とかが聞いたらどうなるんやろうかという恐ろしい考えに、高速で首を横に振る。
「せやから、さっき詩織が明後日行きたい言い出したテーマパークは、二人っきりは勘弁したるから」
「あ、あ当たり前だろ?!」
「……どうせ、三船も来るんやろうし……先輩ら誘って行ってくるわ」
「ほ、報連相はしっかり!伊武と切原にも言うからな?!」
必死な室町くんがガクンガクンっと無表情の財前を揺さぶった。
乾いたような笑いを出してから、財前が駆け寄ってくる夢野さんを目にして、はぁっと深いため息を吐き出したのを目撃する。
それから室町くんを見送り、夢野さんたちとも彼女らが泊まる宿泊ホテルの前で別れた。
こっからまた最寄り駅まで電車かと息を吐いたら、イヤホンを耳に付けながら財前がどことなく落ち込んでいるように見えた。
「財前」
「……なんか言いました?」
片方のイヤホンを取り、俺に顔を向ける。
いつも通り生意気な後輩。
「……後悔しとるんか?」
せやけど、やっぱ元気ないなと思って、思い切って聞いてみた。
「……何の話やねん」
「せやから、夢野さんのことや」
俺の指摘にちょっと驚いたんか、一瞬だけ目を見開く。すぐ様、そっと目を細めてハハっと乾いた笑みを浮かべられた。
「小石川副部長にそんなん言われると思うへんかった」
「アホ。これでも副部長やで」
「……そうやったわ。……じゃあ言いますけど、俺、あかんのですわ。いっつも冷静なフリしとるんやけど、カッって頭に血が上ると言葉より行動に出てまうんです」
財前がトンっと俺の左肩ら辺を軽く叩いた。
「そんなに日数経ってないのに久し振りって感じるほど会えたん嬉しくて、やけど室町に嫉妬して……余計な行動で好きな子怖がらせとるんですわ。今がその子の大事な時期やってのはわかっとるくせに……」
珍しく素直に吐露する財前に瞠目する。
目の前におるんは、いつも毒舌のあの生意気な後輩やろうかと驚いた。
「……財前、その──」
「副部長。今のは二人だけの秘密やで。それから、こんなにも副部長頼りにしとる後輩に、明後日は協力してくれますよね?」
「──……お、おん」
綺麗にニッコリと微笑んだ財前から、無言の圧力を受ける。
間違いなく、これは……財前の罠だったのだ。
好きな子の前では不器用な後輩を可愛い面もあるんだなと思ってしまった八分前の自分を呪いたい。
今すぐ過去に戻れるのならば、全力で言葉をかけようとしている自分を止める。
「……ぷっ。その顔、ウケますわ」
パシャっと、意地悪そうに口角を上げた財前はスマホで俺を撮った。
あぁ、きっと、その写真の俺は顔面蒼白に違いない。
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