窓の向こうの景色が徐々に加速して流れていく。
そんな外を眺めながら硬直している詩織の後ろ姿を見つめた。
先刻、見送りに来た時のやり取りで、不安そうな詩織の顔を見てたら、俺が守ってやらなきゃみたいな大層な気持ちが芽生えたわけだ。
詩織が乗り物に対して緊張する理由は十分に理解出来たわけだし。
うーんっと唸ってから、やっぱりそれらは些細な理由付けに過ぎないなって溜め息が出る。
ただ単に、一緒にいたかっただけなんだろう。そして不安いっぱいになってる詩織につけ込んだというか。チャンスだと思ったことは否定しない。
「……うう」
「?どうした?」
不意に窓の向こうを見ていた詩織が項垂れたので、ハッとして声をかける。
「……なんか、気持ち悪い……」
振り向いた詩織の顔色は随分悪かった。
「あー、俺と何か話したりするか?流れる景色が早すぎて酔ったのかもしれないし。もちろん、眠ってみるとか」
考えて思いついたものをできる限り口にしてみる。それから「飲み物でも買おうか」と、ちょうど車内販売が回ってきたので最後に提案した。
「うん、何か飲むよ……」
麦茶か水か、何がいいだろうか。と思っていたら、アイスレモンティーのペットボトルを詩織が頼んで、もっと気持ち悪くならないだろうかと心配になる。
一先ず、ミント系のガムも購入しておいた。念の為だ。
「あ……!そのお弁当も下さいっ!」
と、代金を払おうとした瞬間に、詩織が叫ぶ。どうやらお腹がすいている事を思い出したらしい。俺もその時思い出した。
そうだ。
詩織はお腹がすいて、余計に酔ったのかもしれない。
「十次くんもどう?」と聞かれたけど、俺は遠慮しておいた。
それから暫く黙々とお弁当を美味しそうに頬張っていく、ハムスターみたいになってる詩織を見つめる。
お腹が満たされると、詩織は満面の笑みで俺に微笑んだ。
そして微かに欠伸を噛み殺す。
「……眠たくなったなら、寝ていてもいいよ。着いたら起こすから」
「え、でも……」
詩織の目が申し訳なさそうに俺を見つめた。
自分の姿が詩織の瞳の中に映ってる。俺から見ても、幸せそうに見えた。
「……折角なら、十次くんとお話したい」
「詩織……」
この場に伊武がいたらきっと俺は呪い殺されたかも。財前がいたら後頭部を叩かれたかも。
「じゃあ……えっと」
前々から聞きたいことがいっぱいあったのに、上手く言葉にならない。
他愛ない話ばかりを繰り返す。
でも、それだけでもすごく幸せな時間だった。
「…………ん」
三十分過ぎた頃だろうか。
詩織が目を擦り始めて、少し会話が途切れたあと、その瞼は完全に閉じられた。
それからすぅすぅと定期的な呼吸音が聞こえてくる。
「おやすみ……」
そっと耳元で囁いて、詩織の寝顔を見つめた。
大阪まで約二時間。
誰にも邪魔されないこの貴重な時間を味わうように、俺はそっと詩織の額に口付けを落とした。
震えた指先。
感触の分からない唇。
……だけど、今君の時間を俺が独り占めしている。ただその事実が嬉しかった。
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