茹でるように暑くて熱い
「……憂鬱だ……」

ものすごく憂鬱だ。

「大体さぁ……本当に、いきなり過ぎるんだけど……」

それから溜息を吐き出して、家族のいない自室で一人悶々とする。
憂鬱じゃないんじゃない?と頭の中の誰かが俺の言葉をすぐに否定してきた。

「……あぁ、そうだよ……。憂鬱とは真逆だよ。わかってる。わかってるって……本当に、詩織は人のことを振り回しすぎだよ……あーぁ、もうほんとどうしたらいいんだか……」

ボソボソと言葉が口から漏れる。
誰に聞いているわけでもなく、自分自身で言葉の意味を確認した。

正確に言えば憂鬱じゃないし、むしろ真逆で気分はいい方なんだろう。
でも思い出すだけで胸が切なくなって、苦しい。
でもその苦しさよりも嬉しさに似た感情の方が勝って、だんだんと心地よくなった。

「……この段階で既に平常心と違うんだってば……」

気を弛めたら詩織の抱き着いてきた感触が蘇って、顔が破顔してしまいそうになる。
必死に緩む口元を引き戻していた。


あの時──

詩織が俺から離れて、グッと親指を上げてから演奏会場に向かっていったあと、森と桜井と杏ちゃんに盛大にからかわれた。
橘さんも穏やかな笑顔で「喜んでくれたみたいだ。サプライズしてよかったな」と俺に言ってきて、内村に背中を小突かれる。
内村は帽子を深く被り直してたから、表情は見えなかったけど、こんなにも俺の気持ちってダダ漏れだったんだなってわかって。
石田には呆然としていることに驚かれる始末。
それから神尾は「深司、顔真っ赤だぜ!」と俺をからかうように笑っていたけど。
神尾の考えていることは表情を見たらわかった。

たぶん、俺よりも動揺したんだろう。
自分自身の気持ちに。

「……あーぁ、やっぱり好きだな……本当に……すごく好きだ」

神尾の気持ちの変化は少し前に気づいているけど、あえてこのまま本人には触れずにいこうと思った。
それから、詩織の顔を思い浮かべながら、ボソボソと漏らした台詞は誰もいない部屋の床に静かに溶けて消えていく。

「……転入先、不動峰だったら良かったのに」

もしもを幾つか考えて、意味の無い妄想にベッドの上にジャージのまま倒れ込んだ。

「…………熱い」

メラメラと燃え上がるような熱が、身体の内側の奥底にあって、その火がずっと消えない。
俺らしくない、でも俺らしい火だ。

この負けたくないという気持ちは、もう消火することはできないから。

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