一つ目の課題
手塚さん、橘さん、南さん、赤澤アニキ、一郎くんに送ってもらった日の夜、私は冷ご飯で炒飯を作って食べていた。

パンダフライパン一号が少し焦げ付くようになってしまってきたことが悲しい。
そんなどうでもいい事を流夏ちゃんにメッセージしながら、もぐもぐと口に頬張っていく。


流夏<明日予選だよね?頑張れ!

パンダ詩織<うん!ありがとう!明日は予選だし大丈夫だと思うー!

予選のことは心配してなかった。
なぜなら審査員数人の前で一曲披露するだけだし、他の演奏者のこともあまり気にしなくてよかったからだ。
だから、私には心配事ではなかった。
いつもと変わらない平常心だ。


ジロー<なんか詩織ちゃんらしくなEー

岳人<そうだな!俺もそう思う!


だから、氷帝のグループアプリで、ジロー先輩と岳人先輩にそう言われた時は愕然とした。


宍戸<お前、俺と同じように足をすくわれるぜ?


そして宍戸先輩のその台詞が送信されてきた時には、頭の中がすごくヒヤッとして、身体中に変な汗をかいた。

確かに私は予選通過を当たり前だと思ってしまっていたのだ。

審査員が数人しかいない予選を当たり前のように通過して、次のステージに進めるだろうと自惚れてしまっていた。


パンダ詩織<ご、ごめんなさいっ!そうですよね?!私、もう一度気合い入れ直したいと思いますっ!

長太郎<ははっ、詩織ちゃんらしいね!

跡部景吾<ふん、今気づけたんならいいんじゃねーの

樺地<ウス

侑士<あかん、反省しとる詩織ちゃん、可愛すぎやわ。

萩之介<忍足、気持ち悪い(笑)

ジロー<それ、俺も思ったCー!

侑士<え?滝もジローもひどない?

岳人<クソクソ侑士!俺も思ったっつーの!

日吉若<夢野、わかってるとは思うが、勝てよ。

宍戸<若と同じく、応援してるぜ!


そんなメッセージが流れて、私は画面を何度も往復でスクロールする。

それは何故かって言うと、たぶんとても嬉しかったからだ。

私が油断していたり、大丈夫だと気を抜いていることを文面だけで気づいてくれる皆さんがいるということ。
そして、それをはっきりとおかしいと伝えてくれる皆さんがいるということ。

「ふふっ、なんか皆さん、私のお母さんみたい……」

お母さんポジと言えば、跡部様か滝先輩なんだけれども。と、あの無人島サバイバル合宿を思い出す。

「よしっ」

ペチンっと両頬を挟むように左右から平手打ちした。

予選も全力を出し切る。そして無事に通過したら、今度は流夏ちゃんの陸上決勝を応援するために大阪に向かうんだ。
それも全力で応援する!

私は完食した炒飯のお皿等を洗うと、沸かしたお風呂に入ってすぐに寝ることにした。

これで準備は完璧である。
予選通過したあとの本戦コンクールのことばかり考えていたことを反省しつつ眠ったら、その日は若くんたちがパンダの着ぐるみを着て夢に出てきた。
無表情なパンダたちに淡々と説教されて、なんかもこもこの体毛に潰される夢だった。





朝ごはんは食パンに目玉焼きを乗せて頬張り、きちんと制服を着て予選会場に向かう。
これが終わったら次は流夏ちゃん、その後はテニス部の皆さんの全国大会の応援だ。
何度も同じことを無駄に脳内で繰り返していた。

「……うん、深呼吸深呼吸っ」

大きくて綺麗な広場の前で吸って吐いてを繰り返す。
向こうに見える白い球体の建物が予選会場。

ピロンっとメッセージ通知が来て、立て続けに通知音が鳴る。
何事かと思ったら、比嘉の皆さんとのグループアプリで浩一くんを始めとして、皆さんが「ちばりよー」とメッセージをくれていたのだ。
田仁志さんの食いしん坊スタンプ可愛いなとかくすっとしてしまった瞬間、着信音が鳴った。

「え、も、もしもし……?」

着信の相手は深司くんで。

『……後ろ!振り向いて』

珍しく少しボリュームのある声な上、息が上がっているような気がした。
深司くんに言われるまま、広場の真ん中で振り返る。

数人のヴァイオリンケースを持つ人たちが通り過ぎていく中、さぁっと私と彼らの間に優しい風が通り抜けていった。

そう、そこには黒いジャージ姿の不動峰の皆が立っていたからだ。

「し、深司くんっ、アキラくん、橘さん、鉄くん、京介くん、辰徳くん、雅也くん、それに杏ちゃんまで!!」

思わず早口で皆の名前を叫ぶ。

「なんで……」

スマホを耳の傍から下ろして、言葉を続けようとしたら杏ちゃんが可愛らしい笑顔で手を振ってくれた。
それから、鉄くんと雅也くんが【FIGHT】と描かれた旗を伸ばして見せてくれる。

「皆がランニングついでにサプライズしようと言ってな。驚かせてすまない!」

橘さんが笑顔でそう言ってくれて、じーんっと感動していたら、突然杏ちゃんが深司くんの背中を押した。皆から二、三歩よろめいて前に出た深司くんが少し深呼吸してから私を見つめる。

あぁ、深司くん髪の毛今日も綺麗だなとか、真っ直ぐな瞳がすごく涼しげだなとか、何故か妙にそんなことばかりが脳内をぐるぐるして。

「……詩織っ、本戦の時は……客席に応援に行くからっ!」

深司くんに似合わない大声。
腹から精一杯吐き出してくれた声。

妙に心の中に響いて、耳の奥で音がとても心地よくて。ふわふわした気持ちでいっぱいになった。

「……だから予選は勝ち進めないと許さないからな……あーあ、だからさ、俺、こういうの苦手だっていってんのに……なんでこんな……っ、え?」

相変わらずその後はブツブツとボヤいていた深司くんだったけど、あまりにも彼の言葉と行動が嬉しくて走って駆け寄ってぎゅって抱きついた。

「……な、に」

「ありがとう!!」

ほんの一瞬のハグ。
深司くんはよっぽどビックリしたみたいで、人形のように硬直してた。
その後はまた元の位置まで走って戻って、皆にぐっと親指を立てる。

それから振り向かずに真っ直ぐ会場に向かった。

気合いはみんなのおかげでマックスだ。
きっと今の私は無敵に違いない。

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