それだけでもなかなか珍しいことなのに(彼女が言うにはヴァイオリンを教えてくれていた男性)から、夢野さんを家まで送ってくれと頼まれた。
夕方までのテニス練習は終わって家に帰ってから、コンビニでおやつを買おうと出て来ていただけなので、夕飯まで時間があるし安請け合いする。
それからのんびりと歩き出してから、室町の顔が過ぎった。
それから妙な汗を額に浮かべてしまう。
「あー、夢野さんちはここから遠いのか?」
平然を装って、できる限り穏やかな口調で彼女を見た。
今日は彼女にだいぶ驚かされている。
送れとまで言われたこともだし、さっきコンビニの中で「真冬のココアみたい」と呟かれたのも驚いた。
悪い気はしないし、むしろ、夢野さんの中でそういうホッとする印象なのかと嬉しくさえ思った。
だからこそ、ホッとする先輩でいたい。
「あー……そうですね。結構歩きますね」
「自動車で来てたもんな。……ん、悪いことで冒険だが、二人乗りするか!」
ほっとする先輩でいたいとか考えたあとだったが、頭の中で千石が地味ーずとまた言った気がして、距離のことも考え、思いっきってそう口に出した。
笑いながら言ったので、嫌だったら冗談と受け取ってくれるだろう。
「え……あ、いいんですか?距離があったので助かります……が」
大冒険ですね!と笑う夢野さんはやはり可愛らしい。
千石や室町、壇が気にするのも大いに頷ける。
「よし、じゃあここで少し待っててくれ」
自転車を取ってくる、と言って、少しだけ彼女から離れた。
鼓動が早くなる。
自転車の二人乗りがいけないことだってのは、わかっているし。
分かっててそれをしようとしているのだから、いつもの俺からしたら本当に大冒険なのだ。
「お待たせ!」
何をそこまで急いだのだろうか。
少し息切れ気味な自分に恥ずかしくなった。
穴があったら入りたいかもしれない。
「あ、いえ!ありがとうございますっ」
ぺこりと頭を下げた夢野さんは「蛍光色な上黄緑色?!」と目を見開いていたが、派手な俺の自転車に怯むことなく、後ろに座ってくれた。
ぎゅっと俺の腰に腕を回した彼女の温もりが、じわりと背中を通して広がっていく。
季節は真夏。
だんだんと日が暮れて夜になるとしても、今はまだ暑苦しい。
なのに、何故だろう。
くっついた彼女の体温は心地いいとさえ感じてしまうなんて。
「……南さん、私が重くて自転車さんが悲鳴を上げていたらすみません!」
「まさか!」
恥ずかしそうに呟いた夢野さんに頭を振る。
……千石の声がまた脳内に響いた気がした。
ラッキー!と……。
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