「あ、ありがとうございました!」
ガバッと思いっきりよく頭を下げた。
目の前で柔和な笑みを浮かべていた初音さんは、うんうんと穏やかに頷いてくれる。
「……ポジション移動も滑らかだったし、音のまとまりもだんだん良くなっているよ。やはり君はご両親の才能を受け継いでいるんだね」
「え、そんな……」
なんて返事したらいいのか分からなくなった。
素直に嬉しい気持ちと、まだまだだという気持ちが混じりあって微妙な表情になる。
その私の心理が伝わったのか、初音さんはポンッと手を打った。
「よし、おじさんが帰りにコンビニでスイーツを買ってあげよう!流行りのタピオカミルクティーも付けちゃうぞ?」
無邪気な笑顔で笑った初音さんに、おじさんとか言う年齢じゃないですとか、タピオカ!とかスイーツ!とか色々また口から漏れ出てしまう。
もはや支離滅裂だった。
もう1人でオロオロしているうちに、練習室のある音楽スタジオから、初音さんの車の助手席に乗せられて、近くのコンビニへと運ばれてしまった。
なんというスピーディーな展開だろうか。
「……ん?」
そんな時だった。
ウンウン唸りながら、スイーツを選んでいたら、隣から視線を感じて顔を上げる。
はたっと目が合ったのは、よく知っている人だった。
「……南さんじゃないですか」
「夢野さんじゃないか」
同じようなセリフに少しだけぷっと吹き出してしまう。
南さんとは、あの無人島合宿以来初めてお会いした。だからだろうか。少し懐かしく嬉しくなった。
「お元気でしたか?」
「元気だよ。夢野さんは……元気そうだね」
ポンポンっと優しく頭を撫でられる。
穏やかな優しい空気感に、ほっとした。
「あぁ……なんか南さんって……真冬に飲むココアみたい……」
「……え?」
うわ!っと慌てて口を両手で塞ぐが、全然間に合ってなかった。
真夏もいいところに、真冬のココアとか例えたのも恥ずかしいし、ご本人にそんなことを伝えるつもりもなかったのにと、妙に気恥しい。
「……んー、真冬のココアか。初めて言われたな……」
「え、いやその」
「……うん、ありがとう」
にこっと微笑んでくださった南さんは「それで、そういえばこの間は室町がお世話になったんだってな」と話題を変えてくれる。
「室町は良い奴だからな。うん、それもありがとう」
「え、いや!もう私の方こそありがとうなんですよ?!」
あの時皆に元気づけられたのは私の方で。
「……でもその後に千石が迷惑かけたんじゃないか?それはごめんな」
「いえいえいえ!」
千石さんよりも、うちの忍足先輩の方が……と口に出しかけて、ごくんっと言葉を全部飲み込む。
南さんが不思議そうに首を傾げて、そのタイミングで初音さんが、店員さんが作ってくださったタピオカミルクティーを手に持って「デザートは決まったかい?」と声をかけてくれた。
初音さんは私が南さんと知り合いだと理解すると、ポンっと手を打つ。
それからグイッと私にスイーツ分にしては多めの代金と、タピオカミルクティーを押し付けてきた。
「僕は用事を思い出したからこれで。知り合いの子がいるなら安心だよ。君、悪いけど、詩織ちゃんを送ってあげてくれるかな」
早口で捲し立てて、初音さんが何やら青春だなぁとあらぬ方向に考えをもっていっていることに気づく。
南さんにご迷惑過ぎる。
そんな変な想像はしないで欲しい。
「初音さ──」
「じゃ!」
「──ひぃっ!行動が早すぎるっ」
ブロロロ…と走り去っていった車の後ろ姿を眺めながら、私は呆然としている南さんへと視線を向けた。
絡まった視線にへらっと引きつった笑みを返す。
「……まぁ、俺は暇だから送って行けるけど」
握り締めたままのチーズケーキをレジに持っていっている間に「こんな俺で申し訳ないなぁ」と呟いた南さんに「いえいえ南さんは素敵なので!」と強く叫んだ。
「そうか」なんて満面の笑みを浮かべてくれた南さんが本当に眩しかったのだった。
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