「あぁ、ありがとう」
目を細めて笑顔を作っている忍足先輩の前にウーロン茶を入れたコップを置いた。
パンダちゃぶ台を間に挟んでいるとしても、全然落ち着かない。
確かに最近この家に友達がたくさんやってきてくれたけども、忍足先輩は友達じゃない。先輩だ。そしてなに考えてるかよくわからない先輩代表である。
忍足先輩がイケメンで、たまに胸ときめくことを言う精神的にもカッコいい人なのは知っているし、何回か助けてもらったこともあるから、どちらかといえばここ最近は安心感すら抱いてしまうこともあった。だけど、二人っきりは違う。
緊張度合いが高まるし、醸し出す気だるそうな雰囲気が色っぽいというか、私が苦手な人だということをさんざん思い出させられる。
「……それにしても、やっぱパンダ好きやねんなぁ」
「好きですとも!!」
パンダの話を降られて思わず握り拳で力みながら答えたら、キョトンとされた後、くっと肩を小刻みに震わされた。
「くくっ、ふっ、ははっ!……ほんま自分可愛えぇなぁ。できればそう言うんは、俺が好きなん?って聞いた後に答えて欲しいわ」
「せ、先輩としてなら、尊敬してますし、す、好きですけど……」
正直に返答したら、途端に無表情になった忍足先輩が怖い。
私は何か間違えてしまっただろうか。だが、忍足先輩を嫌いじゃないし、本当に周囲をよくみてるところとか尊敬している。
「……あかん。今までそないな返しなかったやん。ちょお、ずるいで?」
「ヒッ?!」
小さなパンダちゃぶ台では簡単に回り込まれて、気づいたら忍足先輩が真横に座っていた。
ぐいっと肩を抱かれて身が硬直する。
簡単に家に上がるべきではなかっただろうか。
もうその後悔は遅い。
「詩織ちゃん、俺のこと、そう思ってくれてたん?」
「こ、ここ、こういう、とこは、尊敬してません!」
「すまんすまん。あまりの嬉しさに調子乗ってもうたわ」
密着度に顔から火が出そうだったが、私が大声を出したら忍足先輩は手を離し、少しだけ距離を空けてくれた。
そのあっさりとした行動にどこか拍子抜けしつつも、ほっと安堵する。
「ふっ、ほんまに目が離されへん子やね。見とるだけでも満たされるわ。……あぁ、見とるだけは、今のような二人っきりの時だけやで。俺以外の男とおるときは黙ってみとられへんし」
「お、忍足先輩は一体どうしたんですか。甘い台詞を私に吐いても何も出てきませんよ!あ、おかし食べますか?!ポテチ!」
「何も出てけぇへんいいながら、ちゃんと出てきとるけど……。まぁ前も言うたけど、俺、詩織ちゃんが本気で好きやねんで」
「面白枠でですか」
「ちゃんと女の子枠やって」
疑り深いなぁと笑われたけど、そんなことを言われても私は一体どういう反応をしたら正解なのだろうか。
「忍足先輩が私を……?」
チラリと隣に視線を動かせば、じっと眼鏡越しに見つめられていた。
その瞬間にばっと目線を外して床の上に敷いたカーペットの柄を見つめる。
ドドドと早鐘を打つ心臓はいっこうに落ち着く様子がない。
「……いつもやったらもっと切れ味いいのになぁ。二人っきりやから?」
ぷにっと忍足先輩の人差し指が私の頬っぺたをつついてきた。
「先ぱっ──……」
「あ」
一回だけじゃなくて何度もつんつんされるもんだから、抗議するつもりで忍足先輩の方を見ようとしたら、横に顔を向けたと同時に頬をつついている指をがぶっと噛んでしまった。
慌てて口を開けて指を逃がそうと歯を離したのに、忍足先輩の指がそのまま舌先に触れてそのまま口内へと侵入する。
「んあっ、おひはひへんぱひ……っ」
くちゅっと唾液が忍足先輩の指に絡むのがわかった。一体私は何をされているんだろう。これは私から逃げなければと後退するも忍足先輩も合わせて移動してくる。
そうだ。腕だ。腕をつかんで引きはなそうと思い、ぐっと忍足先輩の片腕を両手で掴んで引き離そうとしてみるが、忍足先輩の反対の手が私の太股を撫でて慌ててそっちの手も抑えようとしたら、力が分散してしまってどちらも中途半端に勝てなかった。
いつの間にかリビングの壁に背中がくっついていて、唇の端から唾液が溢れそうになり、口を閉じたら忍足先輩の指も吸うような形になってしまう。そんな私の様子を見ながら、忍足先輩の口角が釣り上がった。
「なんかやらしいなぁ……。ほんま、今日はただ何もせんと好感度だけ上げようと思ってたんやけど……自分見てたら、抑え効かへんわ」
「んふぅ……っ」
だんだん涙目になってきたところで、指はやっと口から出ていった。だけどすぐに覆い被さるように忍足先輩の整った顔が近づいてくる。恥ずかしさもあってぎゅっと瞼を閉じたら、ピンポーンっとインターホンが鳴ったのだった。
「……はー……なんちゅータイミングで」
親機の映像を見た忍足先輩はすぐに眉間にシワを寄せる。
それから逃げようとした私をぎゅっと抱き締めながら、親機の前まで連れていった。
そしてやっと映像に映し出された人に気づく。
「……なんで仁王やねん。今、取り込み中やから帰ってくれるか?」
忍足先輩が通話ボタンを押してそう言った通り、そこに映っている人は仁王さんだったのだ。
『ちょ、待ちんしゃい。なぜお前さんがそこにいるんじゃ?!』
「むしろなんで自分が詩織ちゃんち知っとるん?ほんま本格的にストーカーやないか」
確かに仁王さんがなぜ私の家を知っているのかは謎だったが、忍足先輩と二人っきりじゃなくなる!ということだけが重要だった。
だから親機に向かって声をあげようとしたら忍足先輩に口を押さえつけられる。
「んんっ、ほひはひへんばひっ!!に、仁王さっ……んー!!」
「詩織ちゃんは今取り込み中やから。ほな……って開けたらあかんって!」
なんとか声を出して解錠ボタンを押した。
忍足先輩にはーとため息をつかれたけど、絶対に私は悪くないと思う。
「……忍足先輩なんか嫌いです」
「え?!」
「変態じゃないですか!」
「アホやな、好きな子の前やと、男はみんな変態やで?!」
「信じてたのにっ」
「……や、せやかて、詩織ちゃんが俺の指を噛むからやな。理性が吹っ飛んでもうたんやけど」
「不可抗力ですっ」
わたわたする忍足先輩とそんな会話をしていたら、ピンポーンとまた音が鳴った。
「はー……なんでやねん」
背中を丸くしてふらふらとおぼつかない足取りで忍足先輩は玄関の扉を開ける。
しゅんっとした様子に少しだけ心が痛むが、まだうるさい心臓に首を横に振った。
「夢野さん、大丈夫か?!」
「だ、大丈夫ですっ」
仁王さんに答えた台詞は嘘だ。
私は全然大丈夫じゃない。
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